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正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜  作者: ゆず


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19/22

スイーツビッフェ

あの日のあと、帰宅して布団に沈み込んだ頃だった。


スマホが小さく震える。画面に表示された名前──「綠谷」。


……やっぱり俺の連絡先、知ってたのか。

今さら「なんで?」なんて疑問を持つ方が間違いだ。あいつに常識なんて、期待するだけ無駄ってやつだ。


【スイーツビュッフェ、今週末まで開催なので、明後日などいかがですか?

たしかバーのバイトが18時からだったかと思いますので、お昼に。もちろん、ご馳走します】


当然のようにスケジュールを把握した文面。

俺の予定は、いつの間にか「あいつが知っていて当然」のものになってるらしい。


正直、断る理由なんて、いくらでもあった。


けど──ふと、脳裏をかすめた。


濃厚なチョコプリン。甘酸っぱい苺のタルト。ふわふわに膨らんだスフレパンケーキ。

見た目からして反則級に甘そうで、じんわり罪悪感すら湧いてくる、あの記憶。


気がつけば、指が勝手に動いていた。


【行く】


送信を押した瞬間に「既読」がつき、間髪入れず返信が届く。


【では明後日、11時に迎えに行きますね】


──5,000円分の甘味に釣られて即答した俺は、本当にどうしようもない男だと思う。



そして、当日。


「迎えに行きますね」とは言われていたけど──

まさか車で来るとは思ってなかった。


窓の外に停まったのは、黒塗りの高級車。

音もなくエンジンが止まり、どこか場違いなその存在感に、思わず額に手を当てる。


(……どこの社長だよ)


静かにドアが開き、現れたのは──いつも通りのグリーン。

微笑みを浮かべながら、まるで当然のように手を差し出してくる。


「お待たせしました。どうぞ」


……何が怖いって、この一連の動作に一切のためらいがないことだ。


車に乗り込んでドアが閉まった瞬間、空気が一変する。

外の音がピタリと消え、シートは驚くほど柔らかい。

内装は過剰なくらいに高級感があって、座ってるだけで肩に力が入る。


「……この車、お前の?」


「ええ。一応。こだわりはないので、勧められるまま買いましたが」


さらりと答えられても、普通そんな“ノリ”で買える車じゃない。


「前みたいに、人混みの電車でトオルさんを連れ回すわけにはいきませんから。今日は車で行きましょう?」


運転席で、いつも通りの落ち着いた口調で言う。


「……いや、別にそれくらい我慢できるけど」


「私が耐えられませんから」


そう言って、片手をハンドルから離し、こちらへ視線を寄越す。


「……それとも、また私と密着したかったんですか?言ってくれれば、いつでも抱きしめて差し上げますよ」


「は???」


あまりに意味不明すぎて、反射で声が出た。

落ち着いたトーンの会話の中に、いきなり地雷みたいな爆弾を混ぜてくるな。


「誰もそんなこと言ってねぇだろ」


「そうですか? 人の多い電車ということは、自然と私と密着する流れになると思ったので。てっきり、そういう狙いかと」


「……都合よく解釈すんな」


「それは失礼しました。今は運転中ですので無理ですが──後ほど、タイミングを見て、たっぷり抱きしめてあげますね」


「やめろ」


即答すると、グリーンは前を向いたまま、ふっと笑った。


一見、無害そうな微笑みに見えて、その奥が相変わらず読めない。

冗談にしては本気っぽく、本気にしては軽すぎる。

どっちにしろ──怖い。


「……まあ、目的地に快適に着けるなら、なんでもいいか」


「はい。今日はトオルさんに、甘味も、空間も、心も、しっかり“満たされて”いただく予定ですから」


車は静かに、穏やかに走り出す。

もしこの密室が甘い香りで満たされたら、本当に逃げ場がなくなる気がして──俺は、深くため息をついた。


すでに、スイーツに釣られてこいつと出かけたことを、少し後悔しはじめていた。



ビュッフェ会場は、甘くやわらかな香りと、ほどよい賑わいに包まれていた。

天井の柔らかな照明が、色とりどりのスイーツを美しく照らし出している。


到着してすぐ、グリーンは「まずはこちらを」と言って、きれいに盛りつけたスイーツのプレートを俺の前に置いた。

その後、「少々、お待ちを」とだけ言い残して、今は別のカウンターへと向かっている。


俺は一人、テーブルに残されていた。


……まあ、ここに来るまで、かなり迷ったのは事実だ。

けど──目の前のスイーツを見れば、もう文句なんて出てこない。


チョコプリン、苺のタルト、スフレパンケーキ。

見た目も華やかで、どれも一口ごとに甘さと香りが広がる。


さすがに人気の店だけあって、味は間違いない。

とろける口どけに、自然と表情がゆるんでいた。


(……グリーンに釣られたって事実さえ忘れられれば、完璧なんだけどな)


小さく苦笑しつつも、スプーンは止まらない。


「お待たせしました。追加で、季節限定のミルフィーユです」


グリーンが静かにトレーを置く。

その上には、またしても完璧に盛りつけられたスイーツのプレートが乗っていた。


「うわ、うまそう」


思わず声が漏れる。

それを聞いて、グリーンは満足そうに微笑んだ。


「どうぞ。他にも気になるものがあれば、遠慮なく仰ってください。すぐに取ってきますので」


いつもと変わらぬ、丁寧で落ち着いた口調。

その柔らかさの裏に、どこか見えない圧を感じながら、スプーンを手に取る。


目の前のスイーツをひと口。

甘さが広がるはずのその瞬間、グリーンの視線が刺さるように意識に入り込んでくる。


まるで、一挙手一投足を見逃すまいとするように。

一度も目を逸らすことなく、じっと俺を見ていた。


なんとなく居心地が悪くなって、視線をそらす。

その拍子に、周囲の空気が妙に引っかかることに気づいた。


斜め向かいのテーブル――

女性グループの数人が、こちらに向けて明らかに視線を投げていた。

隣のカップルの女性も、こちらに目をやっている。

すれ違った店員すら、ほんの一瞬立ち止まり、こちらを見た気がした。


その視線の先をたどると──グリーン。


そういえばこいつ、黙って座ってるぶんには顔だけはいいんだった。

清潔感も抜群で、目立たないわけがない。


「……お前って、やっぱモテんだな」


「そうですね、自覚はありますよ」


グリーンはコーヒーに口をつけながら、あっさりとした声で答えた。

その表情には照れの欠片もない。周囲からの視線も、気づいているのか、それとも興味がないのか──少なくとも、気にしている様子は一切ない。


「でも……トオルさんが無自覚すぎる方なので、そっちの方が正直、困ってます」


「は?」


「いえ、大した話ではありません。

ただ……今日もずっと可愛らしいなと思っていただけですから」


「……誰が」


反射的に問い返した言葉に、グリーンの視線がゆっくりとこちらへ向く。


いつも通りの、丁寧で落ち着いた微笑。

でもその奥にある何かが、皮膚の下でじわりと這うように熱を持っていた。


「あなた、ですよ」


その言葉は、まるで触れられたかのように、鼓膜に残る。


「ほんの少し前に、スプーンの先でチョコをすくったとき──目元がふっとゆるんだの、気づいてました?

あの瞬間、心臓が一拍ずれた感覚がありました。私の、ですけど」


「……何言ってんだお前」


「観察ですよ。大事なんです、あなたの表情、声の出し方、仕草……全部。

知れば知るほど、もっと知りたくなるのは当然でしょう?」


さらりとした声。けれど、そこにある欲の質量は、妙に生々しかった。


グリーンの視線が、熱を持ったまま、じっとこちらに貼りついている。

その瞳は、まるで“味を確かめるように”俺を見ていて──気づけば、手元のスイーツの甘ささえ霞んでいた。


(なんなんだよ、こいつ……)


なのに、スプーンを置くことはできなかった。

口に入れたスフレのやわらかさが、ほんのひととき、神経をまぎらわせてくれるから。


甘い、うまい、でも──落ち着かない。


こいつの視線は、食うでもなく、触るでもなく。

“舐める”ように、追いかけてくる。


「……そんなに見てて、飽きないのかよ」


そう言えば、少しは引いてくれると思った。

けれど、返ってきたのは期待外れの一言だった。


「飽きたことありませんね。一度も」


視線の熱が、さらにじりじりと濃くなる。


グリーンの視線は、もはやスイーツより濃密だった。

口に運ぶたびに、食べているのが俺なのか、食われているのが俺なのか、わからなくなる。


(……なんで俺、まだここに座ってんだ)


けれど立ち上がる気力も、視線から逃げる術も、今の俺にはなかった。


目の前には、色とりどりのスイーツ。

味は極上なのに、胃の奥にずっと重たい何かがのしかかっている。


ビュッフェは、たしかに至福だった。

でも──

「グリーンの視線に耐える」という試練を超えなければ、甘さにも辿り着けない。


俺はただ、深く息をついて、

またひと口、静かにスプーンを口へ運んだ。


……きっとまた、見られている。

けれどその感覚にも、最近は少し──慣れてきた気が自分が怖い。


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