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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第7章:ゼロ地点交響曲
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第7章:第42話

舗装されたアズュールの道路と違い、ロアルの村の道は土が剥き出しになっていて柔らかい。

そんな道を一歩一歩確かに踏みしめながらキラはオズとルイーネと共に懐かしい我が家へ向かっていた。

夏の間熱気のこもっていた風も今は涼しく気持ちがいい。澄んだ空気を吸って、ここが住み慣れた自分の村だとキラは再確認した。

のんびりと歩きながらキラはオズにアズュールであったことを大まかに話した。

サラとの戦い、両親を殺した犯人、そして結末も。オズはキラの話を最初から最後までしっかり聞いていた。


「そうか、大変やったな。……サラは、まだ目ぇ覚めてないわけか。」


「……うん。」


「記憶も全部思い出し、犯人もわかって、サラの復讐も未遂に終わった。そういうわけやな。」


「……うん、そうだね。多分これで、一段落ついたんだと思うよ。」


するとオズは嘲笑うように震えた息を吐いたのでキラは驚いた。オズはキラが少し怯えたことに気づいたようだった。


「ああ、悪い。別にお前が言ったことを馬鹿にしたわけやない。」


なら、なぜ。そう目で訴えてもオズは気づかないふりをする。答える代わりに、オズは違う話をした。


「そうや、村を出る前の話なんて今更されても困るかもしれへんけど……、阿呆なこと訊いて、怖がらせて悪かった。」


キラは一瞬何のことだかわからなかった。だがすぐに思い出した。アズュールに行く前、ディオンから手紙が来た直後のことだ。

オズの力によって窓が割れ、紅茶の缶が転がり溶けていく様は今も強く頭に残っていた。


「それなら大丈夫、気にしてないから。こっちこそ、ごめんね。確か、ルシ……何さんだっけ? その人のこと、何もわからなくて。」


オズは口元だけ笑って頷いた。鳥と風の声がよく響いていた。


「こうして、遠い昔のことになっていくんやろか……?」


ふとオズが呟いたその一言の意味は、まだキラにはわからなかった。


懐かしい灯りが揺れるのが見え始めた。小さな木の小屋を見つけたキラは思わず駆け出す。

出発前と家の様子は何一つ変わっていない。他に家一件も無い辺鄙な道の脇にぽつりと立っていた。

キラは戸の前までたどり着くと持っていた例の杖で戸をガンガン叩いた。

家の奥から戸の近くまで、足音が近づいてくる。そして扉が開いた。


「ばーちゃん! ただいま!」


元気のいいその言葉をリラは柔和な笑顔で受け止めた。皺だらけの手がキラの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「キラ、おかえり。」


暖かく重みのある声を聞いてキラは今初めて「帰ってきた」と感じた。

リラはキラを家に入れるとついてきたオズに言う。


「なんだ、あんたか。」


「なんだってなんや。迎えに行けって言ったのお前やろ。」


「おやおや、そんなこと言ったかねぇ。年のせいか物忘れが酷くてねぇ……」


「ババアお前ほんと図太いな……。」


「まあ、ご苦労さん。そして感動の再会の邪魔だから帰ってくれ。」


「最低やこのババア……。」


リラも変わらず元気そうでキラは安心した。年寄りのくせに姿勢良くきびきび物を言うところがリラらしい。

だがこの元気を奪うようなことを伝えなければならないかと思うとキラは苦しくなった。

けれど言わなければならない。リラはキラだけの祖母ではないのだから。

キラは後ろからリラの肩を叩く。


「ばーちゃん、言わなきゃいけないことがあるの。お姉ちゃんのこと。」


リラはすぐにオズにあれこれ言うのを止めて振り向いてキラと目線の高さを合わせる。


「サラは……どうなった?」


「復讐は、止まったよ。国王様は無事だった。でもね……お姉ちゃんは、右腕と右脚が無くなっちゃった……命に別状はないけれど、気を失ったまま。少なくともあと一年は目覚めないだろうって……。

 ごめんね、あたしお姉ちゃんを助けられなかったよ……。」


キラは震えてまた泣いてしまいそうでリラの顔を見られなかった。今すぐ逃げ出してしまいたかった。

するとリラはキラの手を優しく握った。


「サラは、生きているんだね?」


「……うん。」


「一年かそこらで、帰ってくるんだね?」


「…………うん。」


「……キラ、顔をお上げ。」


恐る恐る顔を上げると大きな指が優しく頬を撫でた。


「なら、十分だ。よくやったよ。」


にっこり笑いかけてくれる、その優しさが傷に沁みた。嬉しいけれど痛かった。


「ありがと、ばあちゃん。」


「いいや、こっちの台詞だよ。とりあえずお上がり。晩御飯にしようねえ。」


そう言ってリラが家の中に入っていった時、キラは初めて未だに玄関の扉が開け放されているのに気づいた。

扉の向こう、別れも言わずに薄暗くなり始めた道をルイーネと戻っていくオズの姿が見えた。

「バイバイ、また明日。」と言ったけれどその声は届かない。

扉を閉めた後も、寂しげな背中が忘れられなかった。



◇ ◇ ◇



「樹」の力が満ちているブラン聖堂の中でもとりわけその影響の強い地下へとリディは向かっていた。

鈍色の螺旋階段を下り、ある人物の気配を探した。見つかるまでそう時間はかからなかった。


「ここだわ。」


階段の終わりにたどり着くとリディは足を止め、階段を囲む石の壁に手で触れた。途端に壁が蒼く輝き、何も無かった壁に扉が現れた。

扉を開いてリディは中に入る。そこは恐ろしい気配に満ちた紅の部屋だった。部屋の真ん中には無色透明な水晶の十字架があり、その十字架にかつて使われていた封印の名残である蒼い鎖が巻きついていた。

この部屋をリディはよく知っていた。だが、以前と少し様子が違っている。

中央の十字架を囲むように紅の水晶が四カ所に置かれていた。そしてその四カ所を通るように黒いインクで円が描かれ、細かい紋様や文字も描かれていた。

これは魔法陣だ。とびきり恐ろしい魔法の。今この部屋に居るのはリディともう一人だけだった。

部屋には愛らしい歌声が響いていた。部屋の中央付近、床にぺたりと座り込んで黒いインクで唄いながら魔法陣を描いている少年が居た。

黒い髪に蒼い瞳、白い生地に黒のフリルをあしらった服を着ている、中性的な顔立ちの少年だった。


「イオ……何を描いているの……?」


リディが名前を呼ぶと、イオは無邪気に答えた。


「あのねっ、虫取り網!」


「虫取り……網……?」


リディが辺りを見回したほんの一瞬の間にイオはリディの目の前に来ていた。

イオはリディの靴を強く踏みつけ、眼球が飛び出しそうなくらい目を見開いてリディを睨みつけた。


「あんたについた虫を払うんだよ。」


この小さな身体のどこからこんな恐ろしく低い声が出るのか、そう疑うくらいの迫力があった。


「メディが約束してくれたから。あんたについた悪い虫を潰せたら、僕のお願い叶えてくれるって。

 あいつを、オズを潰せたら。」


「メディはそんな約束守りはしないわ。あなたは利用されているの。その紅の水晶の力はあなたの身体を蝕むのよ……お願い、止めて。」


「止めて? 相変わらずお優しいふりが上手いねぇ。」


イオはキャハハハと壊れた玩具のように笑う。その時背後に気配を感じてリディは後ろを向く。

そこには自分と同じ顔の意識体……メディの姿があった。メディの姿が見えるのはリディだけで、イオはまだメディがここに居ることに気づいていなかった。

だが、声はイオにも聞こえる。


「イオ、ご苦労様ね。」


メディがそう言うと、イオはぴょんと飛び跳ねて答えた。


「メディ! ねえねえ、どうなった?」


「残念ながら国王は潰せなかったわ。けれどサラ・ルピアの手足は片方ずつ潰したわ。後一年は目覚めないそうよ。」


「ほんと! やったあ!」


「どうせ国王は首都から動かない。危惧すべき可能性はほぼ消え去ったと考えていいわ。

 それともう一つ残念なお知らせよ。キラ・ルピアの記憶の封印、おそらく全て解けたわ。」


「全てって……リディがかけた分も?」


「ええ。まだ本人は自覚していないみたいだけど。」


イオの表情がとたんに曇った。


「ふぅん……邪魔だね。」


「そうね。それでイオ、頼みたいことがあるわ。」


イオは楽しそうに飛び上がって尋ねた。


「なになに? キラを潰してくればいいの?」


「いいえ、あなたにお願いしたいのは杖の回収よ。ロアルの村に行ってあの四本の杖を奪ってきなさい。

 キラ・ルピアはそのついでに消せそうだったら消せばいいわ。」


「わかった! じゃあ早速行ってくるね!」


イオはくるんと舞って、リディが使ったドアから飛び出して行ってしまった。

部屋にはリディとメディだけが残された。メディはふわりふわりとからかうように辺りを漂っていた。リディは顔を合わせられなかった。


「あなたにも一つ頼みがあるわ。」


メディは囁くように言う。


「村に居るあなたの手駒達に伝えなさい。イオに協力し杖を奪うようにと。杖は四本。イオ一人では不安だわ。」


「嫌よ。従えないわ……。」


「抗う気? いいのかしら、黄の石の杖はセイラの誘導でキラのもとに返されたわ。

 従ってくれないなら、いつでもあの子を十年前と同じようにするわよ。ミラと同じように。」


過去の記憶が心を食い散らかす。ミラが杖の生む闇に呑まれ消えていく光景がリディの頭を支配した。

あれと同じことを繰り返すわけにはいかない。


「あなたが悪いのよ。自分の立場と役目を忘れたあなたが。」


メディは刃を突き立てるように言った。歯を食いしばり、リディは仕方なく蒼の魔法陣を呼び出した。


「お願いがあるわ。イオが今から村に向かうからあの子の指示に従い、協力して。」


そう言うと魔法陣から複数「了解。」の声が聞こえた。そして蒼の魔法陣は消え、再び紅の世界にリディとメディは取り残された。


「メディ、これで何になるというの……?」


リディには理解が出来ず、ただ自分の無力さを嘆くことしかできなかった。

メディは笑う。力強く、憎しみと哀しみを込めて。


「あなたにはわからないわ。私は私を取り戻すのよ。そして全て壊すの。オズも、あなたも、そして私も。」


高笑いから身を守るようにリディは目を瞑り、愛する人の無事を祈った。


長い話になりましたがここまでお付き合いいただきありがとうございました。

大変話数が多くなってまいりましたのでここで一区切りということで一度完結という形をとらせていただきます。

物語自体はまだ続きがあります。

第2部はこちら【http://ncode.syosetu.com/n1729ce/】で連載を行っております。

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