7話 胸が痛い……
「え……あっ……ユウ様?」
シエルの手首を掴んで、決死隊の隊員達の近くへ移動する。
困惑した表情で、おどおどと俺を見ながらついてくるシエル。
そんな彼女に、彼らの死体を改めてみるように、手で促した。
「彼らの顔さ――凄く悔しそうだよな」
「…………」
そう――
この死体達は、誰もがそんな表情を浮かべていた。
苦痛に、絶望……言葉では言い尽くせないほどの、無念の表情。
目を反らしたくなるような光景だが、目を逸らせない。逸らしてはいけない気がする。
「生きたかったんだろうな。この人たちは。……それは君も同じだろ? ガラ・ドーラと戦っていた時、君は生きたいって思ってたんじゃないか」
「……私は、あそこで死ぬつもりでした。そういう任務でした」
「答えになっていないよ。死ぬつもりかどうかなんてきいていない。生きたかったかどうか、ときいているんだ」
「それは――」
俺の問いかけに、目を逸らすシエル。
「答えづらいなら、敢えて口にしなくてもいいよ。でも……こんなに生きたいっていう願いを抱いて死んでいった彼らを目の当たりにして――それでもシエルは、獣人族は『人』じゃないって、彼らに言えるか?」
「そんなっ! 私、そんなつもりじゃ……」
俺の言葉に、涙目になりながら首を振るシエル。
――分かっている。シエルは、そんなひどいことを言う子じゃない。
だからこそ、俺は、シエルに自分を卑下してほしくなかった。
「それなら、獣人族は『人』じゃないって――その価値観は捨ててほしいな。君は『人』だ。少なくとも、俺はそう見てる」
「っ……ユウ様っ……」
俺の意図が伝わったのだろうか。
シエルは申し訳なさそうな――でも、どこか嬉しそうな顔で、俺のことを見上げてくる。
多少荒療治かもしれないが、少しきつく言った方がシエルにとっても受け入れやすいと考えたのは、どうやら正解だったようだ。
「だから自分は『人』じゃないなんて寂しいこと……二度と言わないでくれ。お願いだ……」
「それで、いいのですか……? 本当に……?」
「……もう一度伝えておくけど、俺はシエルを『人』と見るよ。少なくとも、俺はね。そういう俺の考え方を尊重してくれると嬉しいかな」
「っ……わかりました……」
こくりと頷くシエル。
やはり、複雑そうな表情は変わらない。
とはいえ――そう簡単には割り切れない問題だと思うし、それは仕方ないだろう。
出会ったばかりの男にそう言われたからって、今までの人生で刷り込まれてきた価値観を一気に変えることができるはずがない。シエルの態度も、それはそれで『人』らしい。
だが、少しでもシエルが明るくなれるきっかけになってくれれば――俺がこう言った甲斐もあるのではないか。
「でさ……提案なんだけど、彼らのこと、弔わないか?」
「え……?」
と、シエルがきょとんとした顔を見せてくる。
「戦闘奴隷というのを俺は良く知らないけど……それでも、最期は、君と一緒に死力を尽くして戦ったんだろ。同じ敵を相手に。だったら彼らも、シエルの『仲間』と呼んでもいいんじゃないかな」
「っ……」
俺の言葉に、シエルは何も答えなかった。
代わりに、シエルの目から、つーっと涙が零れてきた。
「あれ……なんなんでしょう、これ」
その雫がシエルの顎から滴り落ちた頃、ようやくシエルは自分が涙を流していることに気づいたらしい。
はっとした様子で自分の涙をふき取ると、呆然としたまま話し続ける。
「おかしいです……胸が痛い……こんなこと、今までなかったのに……」
「本当? 本当になかったの?」
「っ……」
シエルは俺と目を合わせない。
どこか遠いものを見るような目で、呆然と立ち尽くすだけだ。
「選別試験――だっけ。よく分からないけどさ、殺し合い……したんだよな? シエルも」
「…………」
シエルが、きゅっと唇をかみしめる。
その表情を見れば、誰だって声に出してもらわなくても答えは簡単に察することができるだろう。
「君が誰かを倒した時も――多分、そういう気持ちだったんじゃない?」
「……どうでしょう。覚えていません。もう何人『殺した』のか……私は、覚えていないんです……」
「そっか……」
それは、彼女なりの身の守り方だったのだろう。
相手を倒す度に、そのことで胸を痛めていたら――まともな精神ではいられなかっただろうから。
だが、シエルの涙を見ればわかる。
彼女は多分、傷ついていたんだ。相手を倒し、生き残る度、何度も、何度も。
敢えて『殺した』と俺の言葉を言い直すシエルの態度――、そしてなにより、その辛そうな表情に、彼女の罪悪感がにじみ出ている。
「あの……私、彼らのお墓をつくりたいです。私が貴方に会うまで生き延びることができたのも、彼らがガラ・ドーラの体力を削ってくれたからです……仲間かどうかは分かりませんけど……少なくとも、彼らは、私の恩人なのです……」
ふと、涙をぬぐって、シエルが俺の方に振り返ってきた。
そのまま、声を震わせつつ、必死に俺の手を掴んでくる。
「だから私はっ――! 彼らを『人』として、弔いたいっ――!」
シエルの顔はとても悲しそうだった。
でも、その目にはしっかりとした輝きが宿っている。
それは『人』としての尊厳に満ちたものだった――
「あっ……申し訳ございません。勝手に触ってしまって……汚い、ですよね……」
――と思ったのも束の間、すぐにシエルは俺から離れて顔を伏せ弱々しい目をしてしまう。
まるで親に叱られた子供のように、ビクビクしながら俺を見つめてくるシエル。
そのあまりの変わりように、思わず吹き出しそうになってしまった。
「あのなぁ、そんなわけないだろ。『握手』もしたのに。そんなつれないこというなって」
「う……それは……そうなのですが……」
気まずそうに顔を赤らめるシエル。
――ま、今はこれぐらいでよしとするか。
どうやら、今日は一働きしなきゃいけないみたいだし。
「……ま、いいや。とにかく、皆のために……立派なお墓、つくってあげよう」
「あ……はいっ!」
俺の言葉に、元気よく答えるシエル。
その純粋な笑顔を見ていると、こちらの頬もつい緩んでしまう。
――さて、一つ気合いを入れるとするか……