8話 もしかして……
決死隊の隊員達を弔い終えてから数時間後。
俺達は、アルミードの滝を超え、その先にあるセドウェイの森に入っていった。
整備された道はなく、ひたすらに獣道を進んでいく。
そんな中、俺達は何度も魔物からの襲撃を受けた。
黒い猪に、蒼い狼……中には動く樹木もあり、ここが異世界であることを痛感させられる。
しかし、それらの魔物は俺達の敵ではなかった。
「よし……勝てたみたいだな。シエル、大丈夫か」
「はいっ……。こちらも対処済みです。森に入ってから一番の強敵でしたが……なんとかなりました……」
そう言いながら、蛇腹剣を降りぬいて、返り血を払うシエル。
森に入ってから、もう何度目になるか分からない、魔物の群れの襲撃。
今回の敵は、獅子の体に鷲の頭を持つ獣――ファンタジーでよく見る、グリフォンだった。
シエルの言う通り、他の魔物とは別格に見えたが……それでも、パンチ一発で倒せてしまうところは変わらず。
俺には勝てないと察したのか、グリフォンの群れがシエルに集中攻撃してきたので一時はどうなるかと思ったが、それは杞憂だったらしい。
多少、息は荒くなっているものの、シエルの顔には、まだまだ余裕が残っている。
とはいえ、周囲は結構暗くなってきた。
ただでさえ森の中は障害物が多く、視界は相当悪い。
「……そろそろ休む? 今日でこの森は突破できないだろ」
「そうですね……申し訳ござ――あっ」
謝ろうとするシエルの言葉を遮って、軽くデコピンをしてみた。
怪訝な顔で俺のことを見つめてくるシエル。
少しコミカルな愛らしさに思わず口元が緩んでしまう。
「シエル、俺に謝ってくるの、禁止な」
「え……あぅ……なんでですか?」
「なんでも。謝ったら、これやるから」
「分かりました……申し訳ござ――んっ!」
「ほらまた」
もしかしたら、シエルは謝ることが癖になっているのかもしれない。
俺も上司に対しては、何かあるたびに謝ってばかりだったから、正直気持ちは分からなくはないのだが――
少なくとも、俺はシエルの上司ではない。
彼女に謝られる度、妙に距離を感じてしまうので、ここは無理矢理にでも止めさせてみることにしよう。
――それに、おでこを抑えるシエルも、なんだか可愛いし……
「あれ……ユウ様、もしかして楽しんで――」
「それにしてもっ! 今日もたくさん歩いたな。休む場所はどうしようか!」
多少――というか結構強引にシエルの言葉を遮ってみたのだが。
シエルは、すぐに真剣な表情で応えてくれた。
「そうですね……そろそろ、行きの時にキャンプした場所にたどり着くので、そこまで歩けばゆっくりと休めると思います」
「へぇ、じゃあもうちょっとだけ歩いてみるか」
「はい。といってもそんなに離れてはいないはずで――あ、あそこですね」
と、シエルが指さした方向を見てみると――なるほど、たしかにシエルの言う通り、たくさんのテントが見えてきた。
そこの部分だけ、草は切り払われており、広場のような空間になっている。
「へぇー……凄いキャンプだな。しっかり休めそうじゃないか」
見事に並んだ数々のテントを見ていると、誰かが運営しているキャンプ場なのかと思ってしまう。
中央には、大きなキャンプファイヤーがある。かなり豪快に燃やしたのだろうか。近づくと、結構強めの煤の香りがしてきた。
「ガラ・ドーラと戦う前に休める最後のチャンスでしたから。持ってきたキャンプ装備を使い切って……ここで、最後に食事をとったんです」
そう言いながら、切なそうに微笑むシエル。
死を覚悟しての食事――想像するだけで胸が苦しくなる。
「そっか……凄いな。俺だったら逃げ出しちゃうよ……」
俺がそう言うと、シエルは苦笑いをしながら答えてきた。
「……そんなことをしたら奴隷紋に殺されます。私達は奴隷ですから」
「奴隷紋……?」
「あ……ユウ様の故郷には、奴隷がいなかったのですか?」
「あぁ……そうだな。その……」
「いえ、すいません。奴隷紋というのは……これですよ」
と、シエルが両手で髪をたくし上げ背中を――というか、うなじを俺に見せてきた。
シエルのうなじには、黒い魔法陣がタトゥーのように刻まれている。
「私達には奴隷呪術がかかっています。与えられた任務に背けば、この奴隷紋が苦痛を与えてきます。それでも逆らい続ければ、強制的に殺されてしまいます」
「そうだったのか……」
どおりで、彼らが逃げ出さなかったわけだ。
しかし、そこまで強い拘束力を持つ呪術がシエルにかけられているというのは、なんとも気分が悪い。
「えっと……奴隷ってことは、シエルにも主人がいるの?」
「はい。デクシアの領主である、ゴンベルドン様に所有されております」
「そっか。シエルはデクシアに戻った後、どうするつもりなの?」
「分からないです……。決死隊が生還した例などきいたことがありません。私もあそこで死ぬ予定だったので、それ以降の命令は何も受けていないんです……。でも、ユウ様にガラ・ドーラを倒していただいたことを報告すれば、ユウ様に悪いようにはならないと思います。ユウ様は亜人ではないですし、職も見つかりやすいかと」
そう言いながら微笑んでくるシエル。
しかし――どこか、彼女の言葉に、不安のようなものを感じてしまった。
シエルは奴隷として、領主に所有されているという。
それなら、デクシアに行った後は、こうしてシエルと会話することはできなくなってしまうのだろうか。
そんなことを考えていると、シエルがはっと息をのんで話しかけてきた。
「あ、そうでした。もしかしたら、余った食料があるかもしれません。それでもよければ、探してきましょうか?」
「そうなの? じゃあ一緒に探すよ。どこに置かれていたの?」
「そうですね……食料を貯め込んだ箱があったのですが……あ、あれですね」
シエルの指さした先には、大きな木箱が置いてあった。
近づいてそれを開けてみる。
「これは……干芋か? 果物もあるね。おいしそうだなぁ」
「はい。後で一緒に食べましょう」
嬉しそうにしながら俺を見つめてくるシエル。
――少し驚いた。シエルのことだから、俺の後に食べるとか変な遠慮をすると思ったのだが。
シエルが俺に対して、心を許してくれるようになってきたということだろうか。そう考えると少しくすぐったい。
そんなことを考えていると、シエルが怪訝に首を傾げてきた。
「……ユウ様?」
「ん、あぁ……でもあれだな、運が良いな。魔物に荒らされた跡もないみたいだし」
とりあえず、誤魔化す意味も含めて周囲を見渡してみる。
さっきまで、近くでグリフォンと戦っていたのだが――このキャンプ場には、魔物が訪れた形跡がまるで残っていない。
「そうですね……簡易結界具の魔力は、五日ほど持ちますから。今日も魔物除けは出来ると思いますよ」
「簡易結界具? なにそれ」
「あ……えっと、あれです」
と、シエルがある方向を指さす。
少し暗くて見えづらいが、テントの後ろ側にトーテムポールのようなものがおかれている。
「あれのおかげで、このキャンプの存在を魔物は感知することができないのです。さすがにガラ・ドーラクラスの魔物には効果がありませんが……それでも、今日はゆっくりと眠れそうですね」
「なるほどな。そんなに便利なものがあるなら、持っていけばよかったのに」
「それもそうなのですが……あれ、見た目以上に重くて持ち運びが大変なんですよね。次の日は、ガラ・ドーラと遭遇することは分かっていましたから……運ぶ意味もないかと思って……」
――そうか。
次の日に死ぬと分かっていたのであれば、戦闘に直接関係しないものを置いていくのもやむなしか……
「でも、ガラ・ドーラの位置をそんなに正確に把握できるものなのか?」
「はい。ガラ・ドーラには、大きな傷を受けない限り、決まったルートを周回するという習性があるので」
「そのルートにデクシアがあったってこと?」
「そうですね。約3年を周期に、ガラ・ドーラはデクシアに進行していたようです。その度に、決死隊が組織され、ガラ・ドーラの進行方向を変えてきました。ここ100年ほど、それが繰り返されていたときいております」
なるほど。
どうやら、ガラ・ドーラは、デクシアにとって因縁のある敵だったようだ。
「そうだったんだ……他にも、デクシアにとって脅威になる魔物はいるの?」
「それは……私も分かりません。私の役目は、ただ戦うことだけだったので……今回の任務と関係ないことについては、まるで知識がなく……」
「そっか。じゃあ、その時になったら倒そう」
その時に、シエルと一緒に行動できるのかどうかは分からないが――
それでも、デクシアについたら、シエルとはそれっきり――というのは、あまりに寂しい。
「……倒してくださるのですか?」
「もちろん。せっかくシエルが案内してくれるところなんだから。俺にできることがあるなら、力になるよ」
「そう……ですか……」
そう言いながら儚げに微笑むシエル。
そのまま少し沈黙を挟んだ後、シエルはぴょんと耳を立ててくる。
「あっ……そうだ。今日寝るとこ……用意しますねっ! えっと、使うテントは……」
そそくさと、周囲のテントを見渡すシエル。
しかし――あれだ。こう言ってはなんだが、殆どのテントは、中の物がぐちゃぐちゃになっていて汚く見えてしまう。
俺も整理整頓が苦手なので人のことはいえないが、それにしたって――食べかすみたいなものが散らばっていて、掃除をしないと寝ることはできそうにない。
と、そんな時だった。
端っこの方で、俺は一つのテントを見つけた。
「お、このテント、凄く綺麗じゃない? こことか、いいんじゃないか」
他の物より、一回り小さなテントだが、中は凄く整理されている。
毛布も綺麗に畳まれていて、とても同じキャンプにあるテントとは思えないぐらいだ。
「あっ――そこは……」
「シエルもこっちきなよ。ここだったらゆっくり休めそうだ」
「えっ――!? そ、そうですか……? そんなはずないと思うのですが……」
小走りで近づいてくるシエルに中を見せる。
と、不意に俺の鼻を甘い香りがついてきた。
「特に……そうだな、なんかこの毛布、いい匂いがするんだよね。ははっ、もふもふじゃん」
テントの中で畳まれている毛布を軽く触ってみる。
触っているだけでとても気持ちが良い。
それどころか、どこか甘い香りがしてきて、眠くなってくるような――
「いっ――!? な、なにをしているのですかっ!!」
ふと、シエルの声で我に返る。
その直後、シエルは慌ててテントの中に入ると、俺から毛布を奪って奥に潜り込んでしまった。
「これは私が使った毛布です! 汚いですっ!!」
「あ、そうなんだ。ごめん……ってことは、ここって……」
「私が使ってたテントです……」
……なるほど。
たしかに、言われてみれば納得がいく。
「あ、そうなんだ……ごめん……でも、いい匂いなのは本当で――」
「そ、それはもういいですっ!! こんなもの、ユウ様が使うものじゃありません!! 使っていない予備の毛布があるので、そちらを用意しますから……」
必死に首を横に振りながら訴えるシエル。
いや――まぁ、冷静になって考えてみると、セクハラ的なことをしてしまったような気もする。
と、俺が言葉を詰まらせていると、シエルはおどおどとした様子で話しかけてきた。
「……あぅ、ユウ様……申し訳ございません。私……ユウ様を責めるつもりじゃ……」
「ん……いや、いいんだ。俺の方こそごめんね、デリカシーがなくて……」
「いえいえ、そんな……私の方こそ申し訳……って、あっ――」
そこまで言った後、はっとした様子で目を見開くシエル。
その意味が分からず見つめていると、シエルはそっと自分のおでこを抑えてきた。
――あ、そういえば、俺に謝るなって言ったんだっけ……
「……でも、ユウ様。貴方も私に、謝ってますよね……?」
そう言いながら、シエルはくすりと笑う。
「ははっ、そうだな。デコピン、する?」
「と、とんでもないですっ! 大丈夫です!」
ぶんぶんと首を振るシエル。
それに合わせて、尾も動いているのがなんとも愛らしい。
「……あの、さっき言ったこと……」
ふと、シエルの視線に気づいて視線を戻す。
「この……その……におい……」
「ん? あぁ……毛布?」
こくこくと頷くシエル。
「これ……本当にいい匂い……でした? その、この毛布……私が使ってましたから……その、私の匂いがしみこんでいるはずなのですが……」
「えっ――あぁ、言われてみればそうだな。シエルの匂いかも」
外を歩いている時は特に意識はしていなかったが、たしかにシエルからこんな匂いがしていたかもしれない。
テントの中だと、他の匂いがないので、シエルの匂いもよく分かる。
なんとも言い難いが――優しく、ふわっとした……柔軟剤とかにありそうな心地の良い匂いだ。
「その……ユウ様に気を遣わせてもらうのは……その、私、嫌なので……思ったこと、正直に言ってくださって構いませんから……」
「ん……別にそういうわけじゃないよ。むしろ本音が出ちゃった感じなんだけど……」
「そうなんですか……」
「うん……」
顔を伏せるシエル。
――いや、何を言ってるんだ俺は。
女の子に対して、匂いがどうこうって……我ながら、ちょっと変態くさい。
少なくとも、日本ではセクハラ認定されかねない危険な台詞だったのではないだろうか。
「…………」
……というのは頭では分かっているのだが。
こう――狭い空間の中に女の子と二人というのは……俺にとって、まさに『異世界』といえるシチュエーションなわけで。
無言になってしまったことも相まって、今更ながら、シエルが女の子ということを意識してしまう。
というか、シエルはやっぱり美少女だ。
その美少女に、愛らしくくっついた尻尾がゆらゆらと揺れている。
――あぁ、もふもふしてみたいなぁ……
「……あの」
そんなことを考えていると、シエルが物凄く言いづらそうな表情で、もごもごと話しかけてきた。
「もしかして……なんですけど。間違ってたら……その、本っ当に失礼なんですけど……」
「ん、どうしたの?」
何をそんなに恐縮しているのか分からず首を傾げる。
すると、シエルは、何度か深呼吸をして、物凄く真面目な顔を向けてきた。
「ユウ様は……私の尾に、ご興味があるのですか……?」




