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6話 理解できないな

 この異世界に来てから二日目の朝は、なかなか悪くないものだった。

 それもこれも、シエルのおかげだろう。

 渓谷の脇にある森に少し入ったところで、寝込みを襲われないように姿を隠せる場所を見つけ出し、木の葉を集めて簡単なベッドまで作ってくれたのだ。

 おかげで、初めての野宿であるにもかかわらず、結構熟睡が出来た気がする。

 しかし――


「そういえば、シエルは大丈夫なのか? 多分、昨日はずっと見張りしてくれていたんだよな? 全然眠れていないんじゃない?」


 俺がそのことに気がついたのは、起きて顔を洗い、歩き出してから数時間が経ってのことだった。

 この世界には魔物がいるわけだし、寝る時は交代で見張りをするものではないだろうか。

 シエルの様子は、昨日と全然変わらないが――もしかしたら、無理をしているのかもしれない。


「それはご心配には及びません。数日程度なら、睡眠をとらずとも活動できるぐらいの訓練はしております」


 そう言いながら会釈するシエル。

 鵜呑みにするには疑わしい台詞だが――今まで出会った中で、一番自信に満ちた声色と表情だ。嘘をついているようには思えない。

 とはいえ、シエルが寝ていないというのは、さすがに俺も気が引ける。

 今夜は、彼女にゆっくりと寝てもらえるよう、俺が頑張らないと――



「あ、あれがリグルの滝ですね」


 と、弾ける水音が聞こえてきたのと同時に、シエルが高い声を出してきた。

 なるほど。たしかに、彼女の言う通り、地平線のむこうに大きな滝が見えてきた。


「この崖を登ってしばらく北に向かうとセドウェイの森。そこを超えればデクシアとなります」

「そっか。まだまだ先は遠そうだなぁ」


 特に何も考えずにそうぼやくと、シエルがしゅんと耳を垂らす。


「申し訳ございません……これでも、デクシアが一番近くて……」

「いやいやっ、別にシエルを責めているわけじゃないって。俺さ、一度やってみたかったんだよね、こういう大自然の中を散歩するってやつ」

「そうなのですか……? でも、別に珍しい光景でもないですよね?」

「俺の故郷には全然なかったんだよ。だから――っ!」


 ふと、強烈な臭いが鼻をついてきた。

 それは、つい最近、俺が感じたものと全く同じものだった。


「あれは――」


 少し歩くと、俺の予想した通りの光景が広がっていた。

 ――血だ。とてつもなく、大量の血。

 乾いてはいるものの、その臭いは強烈に周囲に残っているようだ。


 さらに進んでいくと、さらにその臭いは強くなる。

 見えてきたのは、何十人もの横わたる獣人族だ。

 こうも無残な人の死体を見たのは、言うまでもなく初めてだ。

 思わず吐きそうになるのを懸命に堪えて、歩き続ける。


「私と同じ、決死隊の獣人族です。ガラ・ドーラとは、ここで遭遇したので……」


 対して、シエルの声色は淡々としていた。

 ――だが、彼女なりに思うところがあるのだろう。

 その表情は何匹もの苦虫を噛み潰したかの如く、苦々しい。


「っ……」


 何も言わず歩き続けるシエル。

 あまりに重苦しい空気の中、かける言葉が見つからない。

 そうこうしていると、シエルは大きく息を吸い込んで、俺の方に振り返ってきた。


「ユウ様、ここはあの崖を直接登るのが早いと思います。少々体力を使うかとは思いますが、ここは登り切ってしまいましょうか」


 そう言いながら滝の傍らにある崖を指さすシエル。

 その表情は、何事もなかったかのように、あっけらかんとしたものだった。

 もしかしたら、俺を気遣ってくれたのかもしれない。

 だが――



「……ユウ様?」



 横わたる彼らを振り返り見つめていると、シエルが怪訝な声をかけてきた。

 やはり――俺がどういう言葉をシエルにかけるのが正解なのかは分からない。

 だが、彼らを見てしまった以上、俺にはやるべきことがあるような気がした。


「この人達は、シエルの仲間なんだよな?」


 ともかく、まずはそのことをシエルに確認してみる。

 しかし、シエルから返ってきたのは意外な言葉だった。


「仲間……というのは、少し違うかもしれません」

「えっ……なんで?」

「彼らと私は、決死隊として、今回限り組織されただけの仲です。この方々と顔を合わせたのも、デクシアを出る直前でした」

「そうなんだ……」


 そんな場当たり的なパーティに重要な任務を任されるものなのか――とも思ったが、死を前提にした特攻隊ともなれば、そうなるのも仕方ないことなのかもしれない。

 そんなふうに考えていると、シエルが俺に解説するように話し続けてくれた。


「私達は戦闘奴隷です。普段は訓練用の闘技場で選抜試験を受けています。原則として、その試験以外で、戦闘奴隷が誰かと顔を合わせることはありません。それは彼らも同じこと。基本的に、私達は敵同士です」

「敵? なんでそうなるんだよ」

「戦闘奴隷の選抜試験――その内容をご存じではないのですか?」


 そう言いながら、シエルが眉をひそめる。

 言葉を詰まらせていると、シエルは少し俯きながら言葉を続けた。


「戦闘奴隷は、領主に能力を認めてもらうために選抜試験を受けなければなりません。その内容は、戦闘奴隷同士の殺し合いです」

「なっ――!」


 思わず、絶句する。

 彼女の言葉が本当だとすれば、彼女は今まで――


「時期が少しずれれば、私は彼らと殺し合いをすることになっていました。ですから、仲間というわけではありません。……仲間と呼んでいいのか、私には分かりません」


 そう言いながら、自嘲気味に苦笑するシエル。

 うまく言葉が返せない。

 ある程度予想をしていたつもりだったが、まさか殺し合いを強要されていたなんて。


「……貴方は、本当に遠いところから来られたのですね」


 あまりに俺が絶句していたせいだろうか。

 ふと、シエルが儚げにくすりと笑う。


「あぁ。……そんな生活をしている人がいるなんて……大変だったな、シエル」

「私は獣人族――『亜人』です。『人』ではありません。そんな言葉を頂く価値はありません」


 きっぱりと、そう言い切るシエル。

 だが、いくら絶対正義属性の猫耳をつけた美少女の言うことでも、肯定できないことはある。


「――ごめん、その言葉は俺には理解できないな」


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