50話 死にたがりが!
その声は、明らかにワールのものではない――異様な声だった。
女性とも男性ともきこえる中性的なトーン。
「グガ……!! ガガッ……!!」
と、ワールが白目をむきながらもがきはじめる。
そのまま自分の首を絞めるような仕草をしてのたうち回り始めた。
「ヴェネドワ……貴様、何をっ……!」
「だから名前を出すなと申したではないですか。これだから知能の足りない方は……」
「ギェ……」
無様な声を出した後、がくりと俯くワール。
その異常な様子を見れば明らかだ。
ワールは、誰かに操られている――?
「誰だ、お前は」
そう言ってはみたものの、声の主がこの場にいるとは思えなかった。
とはいえ、他にできることも思いつかない。
返事があるといいのだが――
「ククク……もうお察しでしょう。この者がいう『ヴェネドワ』ですよ。当然偽名ですがね」
だが、それは杞憂だった。
俯いたまま動かないワールから、ヴェネドワと名乗る声が聞こえてくる。
「貴方、人じゃないわね」
ベッドからおりたセレンが、強くワールを――ヴェネドワを睨みつける。
と、頭を下に垂らしたまま、ワールの体がゆっくりと立ち上がった。
「おや? どうしてそうお思いで」
「マナの質で分かるわ。ワールの体をのっとって、何をするつもり?」
セレンがそう問いかけると、ワールの頭がゆっくりとあがる。
体中に黒いオーラを纏いながら不気味に微笑むワール。
「あぁ、誤解なさらないでくださいね。こんなにも卑しくて醜い者の体なぞ、頼まれてものっとりたくはありません。でも、仕方ないじゃないですか。この者が私の存在をほのめかしてしまったのだから。誠に遺憾ですが私がしりぬぐいをするしかありません」
「戦うつもりか」
ナギが皆を守るように一歩前に出る。
居合の構え――完全に攻撃の体勢だ。
「えぇ。仕方ありません。貴方達には――」
ワールの体から黒いオーラが触手のように伸びはじめる。
そして、ワールが僅かに口角をあげると――
「死んでもらうしかありませんねっ!!」
その黒いオーラが俺達に向かって襲い掛かってきた。
だが――
「ゼァッ――!」
「やあっ!!」
それは俺にとって――というか、今の皆にとってはあまりにも弱すぎる攻撃だった。
一瞬の間に抜刀されたナギの刀と、シエルの舞うような剣裁きによって、いとも簡単に黒いオーラが弾かれる。
「む……? おかしいですね。殺すつもりで攻撃したのですが。なぜ生きているのですか?」
「お前の攻撃が弱いからだろ。そんなんじゃ二人に傷一つつけられないぞ」
俺が防いだわけではないのでそこまで言うのは我ながら気が引けるが――
こういう相手は下手に出るとどこまでもつけあがる。こちらも高圧的にふるまうぐらいが丁度いい。
というか――余裕を見せつけることでちょっとだけかっこつけてみたかったり……
「ほぅ……随分と生意気な人間ですね。自分の力量をわきまえず吠えるその態度――フフフ、屈服させ甲斐のある言動です。どれ、貴方も私の駒にしてさしあげましょうか」
「ユウ君……!」
俺の攻撃的な発言に、レイグが警戒を促すような視線を送ってくる。
さすがに油断しすぎだと警告してくれたのだろうか。
だが、今の攻撃を見ればわかる。こいつはエルドラーリアより遥かに格下だ。
「大丈夫ですよ。セレンさんも、後ろでゆっくりしてください」
「ごめんなさいね……」
「いえいえ。アイツは三人に任せますよ。俺の出る幕はなさそうなので」
「そんな余裕を見せていいのですかっ! いきますよっ!!」
ワールの体から再び黒いオーラが放出された。
さっきの攻撃に比べれば随分と大きな形になっている。
それでも――
「紫電抜刀!」
「ブレイドロンド!」
ナギとシエルの剣技の前では意味がない。
――弾かれたオーラが周囲の豪華な装飾品を次々とぶっ壊しているのだが。
それはセレンに目を瞑ってもらうこととしよう。緊急事態だし。
「面白いです。人間としてはありえないその能力の高さ――欲しくなりました」
「おぞましい話だな。ユウ殿ならともかく、お前のような気味の悪い者に命を預けてたまるか」
「何か悪いことするつもりですね! リリィ、成敗しますよ!!」
「ククク……活きがいいですね。実に蹂躙欲を掻き立ててくれる人間だぁ!!」
と、今度は黒いオーラが蛇のような形に変化していった。
どうやら相手も本気を出してきたらしい。
「ハハハハ! さぁひざまずきなさい! 愚かな人間よっ!! 私の下僕となり、共に人の世を侵食していこうではありませんか!!」
「……だってさ。皆、任せていいか?」
「はい! ユウ様っ!!」
そう言うと、シエルは嬉しそうに微笑み返してくれた。
ワールの顔が不快そうに歪む。
「死にたがりが! 自分の無力を知りなさいっ!」
そうヴェネドワが叫んだ瞬間、ワールの体がメキメキと音をたてながら膨張しはじめた。
つい数秒前まで、ただのいけすかない男だったそれは、何匹もの蛇の集合体のような――気色の悪い物体へと姿を変える。
「散るがいいっ!! ダークブラスト!!」
「きゃああああああっ!!」
黒い閃光が部屋を塗りつぶすように広がっていく。
直後にきこえてきたのは、ワールに付き従っていた犬耳のメイドの悲鳴だ。
「皆、レイグさん達を頼むっ!」
「はいっ!」
向かってくる閃光をさばきながら前進し、メイドの前へ。
そのままメイドの方へ振り向いて相手の攻撃を受け止める。
「うあ……あ……」
涙で顔を濡らしながら俺のことを見上げているメイド。
だが、特にダメージはない。彼女にどう見えているのかは知らないが。
「清廉なる水よ。我が命をきけ。我こそは万象を超えし主の力の代行者――」
ふと、きこえてきたのはリリィの声だった。
いつもの無邪気さを全く感じさせない、どこか殺気のこもった声。
「其の姿は凍てつく牢癖。愚者を封じる水晶の花。流れるその身に魔力を宿し――いざ、咲き誇れ!」
「この娘――何をっ!」
「フリージアローズ!!」
「うっ――ぐあああああああああああっ!?」
黒い閃光の中で、何かがはじけるような音がした。
その直後、背中からとてつもない冷気が襲い掛かる。
「バカな……リリィが……こんな魔法を……」
振り返ると、そこは銀世界となっていた。
まるで冷凍庫の中にでも転移したのではと錯覚してしまうほどの冷気。
その中で、ワールが鮮やかな花の氷像に閉じ込められていた。
「……あ、あれ……? リリィ……今……? あれ?」
呆気にとられた様子で俺に視線を向けてくるリリィ。
――思わず笑ってしまう。まさか、無意識でこんな魔法を使ったというのだろうか。
レベル100以上の魔法に対する適性があるということの恐ろしさの片鱗がみてとれる。
ともあれ――これでリリィも自分の力に自信を持ってくれただろうか。
それなら、こんなトラブルも悪くない。
「よくやったな。リリィ」
「……はいっ!!」
そう確信できるほど、リリィは良い笑顔を俺に返してくれた。




