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49話 いけませんね

 ――ふと、唐突にかかった声の方向へと振り返る。

 そこには二十代半ばと思われる一人の青年が立っていた。

 豪華な装束を身にまとっており、それなりの立場にある人間であることがうかがえる。

 そんな彼の後ろから、彼と同い年ぐらいのメイドが慌ただしく走ってきた。

 彼女の頭には犬の耳がついている。シエルと同じ――獣人族だ。


「ワール様! いけません、まだ先客の方が……きゃっ!?」

「うるさいね。獣人族風情が僕に触るな。僕に触れていいのはベッドの上だけだ」

「きゃっ――」


 ワールと呼ばれた男が裏拳でメイドの顔を穿つ。

 とたんに、周囲の空気が一変した。

 見るからにか弱い女性の顔を躊躇なく殴るとは――


「あはははっ! 噂通り、しわくちゃのババアがいるねぇ!」

「ワール……なぜ貴方がここに」


 厳かな雰囲気を放ちながら、セレンがワールに話しかける。

 すると、ワールは嫌味にクスリと笑い返してきた。


「おかしなことをききますねぇ! あんたがくたばりそうだってきいたんで急いでフォローに回ってきたんですよ? あんたがそう要請したんでしょう」

「貴方の魔力では結界は維持できない。それは貴方自身がよく分かっているでしょう」

「ははははは!! これだから老いぼれは! くたばりかけのババアの目じゃ、僕の魔力が分かりませんか」

「貴様――」


 ナギが刀の柄を強く握りしめる。 

 友人との貴重な再会の時間を妨げられたのだ。その怒りが分からないぐらい俺は鈍感じゃない。

 そしてそれは、俺以外の者も同じだった。

 あからさまに無礼な態度をとるワールに向かって、レイグがゆっくりと歩き出す。


「なんだね、君は。悪いがセレン様には私が――」

「どきなよ、おっさん」

「ぐおっ――!?」


 近づいてきたレイグに向けて、容赦なく拳を突き付けるワール。

 その拳はレイグの腹部を貫き――その体を突き飛ばした。


「わわっ!? お父さん!!」

「んむっ……ぐぐ……」


 どうやらみぞおちに直撃したらしい。

 レイグは息をするのも苦しそうだ。

 急いでヒールをかけると表情はやわらいだが――

 不意をついたとはいえ、一瞬でレイグに膝をつかせる彼の体術はかなりのものといえるだろう。


「ワール! 何をするのっ!!」

「わめくな。僕はここの結界師になるんだぞ。態度を考えろ」


 セレンが悲痛な叫びをあげるも、レイグはただ嘲笑するだけだ。


「嘘よ……貴方が結界師なんて……なんで……」

「ははっ、あんたの見込みが甘かったってことだろ。シャララドは僕を認め、あんたの後続として僕を送り込んだんだ。僕の才能を見抜けなかった愚かさを悔いるんだね。ま、どうせすぐに死ぬんだろうけどさ。あっはははははは!」


 ブラックジョークにしてはあまりにもセンスのない不謹慎な挑発。

 皆が不快感を顔に出す中、レイグが苦虫を噛み潰したような表情でセレンに話しかける。


「セレン様、この男は何者ですか」

「私の後継者の候補生として魔力に長けた貴族の子の面倒を見たことがあるのだけれど……この子は、その一人よ」

「その通り。そして、これからのローダンを任された結界師さ。はははは」


 顎を突き出しながら高笑いをするワール。


「あんたは僕のことを結界師にふさわしくないと言って真っ先に破門にした。僕の経歴に傷をつけたこと……忘れたとは言わせませんよ?」


 それは鳥肌の立つような気色悪い笑みだった。

 ゴンベルドンもそうだったが――どうしてこうも傲慢な態度をとれるのだろう。


「それは貴方が貴族の立場を利用して女の子に嫌がらせをしたからでしょう……」

「嫌がらせ? 未だによく分からないことをいいますね、この老いぼれは。結局、僕より魔力の劣った奴らに結界師がつとまることもなく、あんたはくたばりかけている……結局、あんたの目は腐っていたということさ」

「…………」


 セレンは何も答えない。

 だが、それはセレンが責められるようなことなのだろうか。

 結界師というものについて俺は詳しいわけではない。

 だが、街の安全のために自分のマナを――人生をかけていることはなんとなくわかる。


「……ん?」


 ふと、ワールがシエルに視線を向ける。

 今までその存在を認識していなかったかのような表情だ。

 彼にとって、俺達はそういう存在なのだろう。


「なんだ。ここにもそれなりに顔の整った子はいるんだな。おい、お前」

「え……? 私ですか?」


 急に言葉を投げかけられたシエルは、頓狂な声を返す。

 ニヤニヤと笑いながらシエルに近づくワール。


「丁度いい。お前ぐらいの女が欲しかったところなんだ。喜べ、僕の愛人にしてやる」

「あぁ……そういうことですか。ごめんなさい。私、既に心に決めた方がいるので。お断りします」


 ――少し意外だった。

 あのシエルが、ここまできっぱりと断るとは。


「はぁ? 何を言っているんだお前は」

「私、彼とお付き合いさせていただいているので……」


 そう言いながら俺のことをちらりと見つめてくるシエル。

 ここはさすがに俺がシエルを守らないといけないだろう。


「えっと……ごめん。そういうわけだから他をあたってくれないかな」

「チッ、こんな冴えない男の中古か。それならいらんな」


 と、俺とシエルに興味を失ったのか、ワールは露骨な舌打ちをしながら視線をそらす。

 そのまま、リリィとナギに向って近づいていった。


「まぁいい。他にも二人、同質な女がいるからな。おい。お前ら、僕の女になれ」

「……痴れ者が。その態度でお前に好意を持つおなごなどいるはずなかろう」

「リリィ……怒ってます。リリィのお父さんを殴るような人に、リリィはついていきません」


 ――まぁ、当然の反応だろう。

 こんな態度の人間が女の子に好かれるわけがない。

 だが、ワールはむしろ嬉しそうに笑うだけだ。


「ははは、なかなか反骨心があっていいね。それでこそ僕の女にふさわしい。どれ、一つ調教してやろうか」


 と、ワールが腰に携えた剣の柄に手をかける。

 それを見たセレンが悲痛な声で叫ぶ。


「なっ――やめなさい! こんなところで戦うつもり!?」

「僕の機嫌を損ねたんだ! 理由としては十分だろ!!」


 剣を抜き大きくそれを振り上げるレイグ。

 その剣先の先は、明確にリリィに向けられている。

 おそらく、この中でリリィが一番弱いと判断したのだろう。

 それを見たレイグが、血相を変えて叫ぶ。


「リリィッ! 離れろっ!! 彼の強さは――」

「大丈夫ですよ、お父さん」


 だが、ワールの剣は今のリリィにとって何の脅威にもならないものだ。

 介入するのもバカバカしくなるぐらい――リリィの体には強烈なマナが溢れている。


「なっ――! なんだ、この力……」


 急にリリィの体を包み込んだ虹色の光。

 それに驚いた様子を見せるワールを前に、リリィがくすっと笑う。


「やっぱり……ユウさんが与えてくれたこの力……本物だったんだ」

「何を言って――」

「貴方が知る必要はありませんっ!」


 虹色の光がリリィの拳に宿る。

 その目は、つい昨日まで見せていた見習い戦士のものではない。


「ワールさんといいましたねっ! リリィ、貴方みたいな横柄な人、嫌いですっ! くらえー! 鉄・拳・制・裁っ!!」

「ぐあっ――!?」


 一瞬でワールとの間合いを詰め、彼がレイグにしたように、今度はリリィがワールの腹部を穿つ。

 まるで巨大なドリルに貫かれたかのごとく、ワールの体が吹っ飛んでいく。


「かはっ……が……」


 まさに一撃必殺。

 エターナル・フォースの影響があるとはいえ、こうも鮮やかに大人の男を倒してしまうとは。

 

「リリィ……その力は……」


 レイグが呆気にとられた様子でリリィのことを見つめている。

 そういえば、レイグはリリィにかけられたエターナル・フォースのことを知っているのだろうか。


「……お父さん。これが、リリィがユウさんについていきたい理由です」

「リリィ……お前は……」

「ふざ……ふざけるなぁあああ!」


 床を強く叩きつけながらワールが立ち上がる。


「ふざけるなよっ! なんで僕が競り負けるんだ! 僕の力は無敵なんじゃないのか! ヴェネドワ!!」

「え……? ヴェネ――」


 誰のことを言っているんだ――?

 そう思った瞬間のことだった。


「――おやおや、いけませんね。こうも迂闊に名前を出されては」

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