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☆★ 東塔 ☆★
ルイ宰相が来訪中は、対外的にはまだ婚約中(半分くらいはルイ宰相の為に婚約扱い)のレティア姫とユース宰相は別々の部屋で夜を過ごす。
日中、妻を奪われた挙句に夜まで離れ離れとは寂しいしムカつくということでユース宰相が取った策はフィラント王子一家の暮らす東塔で過ごすことである。
レティア姫を残して城内の客間で寝るが、寝る寸前まではレティア姫の顔が見られる。というわけで、ユース宰相はフィラント王子とチェスをしながら晩酌していた。
ルイ宰相が何やら企てている件は国王陛下とディオク王子に任せたのと、なるようにしかならないのと先手は打ってあると割とのんびりした心境である。
そもそも、今夜のルイ宰相の提案の元を考案したのはユース宰相だ。さり気なくルイ宰相の近衛騎士に自分の近衛騎士から伝え、側近から側近へも伝え、カール令嬢に根回しをし、ドメキア王にもそれとなく相談してあった。
「それでさあフィラント」
「失礼します」
雑談していた時、エトワール妃が談話室にいる2人の元を訪れた。レティア姫を連れて。
エトワール妃は俯きつつも必死に微笑むレティア姫の背後から彼女の両肩をポンポンと撫でている。
「レティアちゃん、お仕事が終わったみたいだけど随分と疲れたみたい」
「いえ。元気です。こんばんはフィラントお兄様。お仕事が終わりましたので寝る前に少しユース様と一緒に過ごせたらと思いまして」
フィラント王子は即座に立ち上がった。
「レティアが飲みやすいワインと新しいグラスを用意しよう。世間話をしていただけだし、チェスの続きはレティアに任せる。負けそうだからバトンタッチだ」
表情筋を動かすのが苦手なフィラント王子はほぼ無表情。わずかな微笑みを浮かべてレティア姫の前へ移動し、彼女の頭を軽く撫でた。
「フィラント様、グラスやワインでしたら私が」
「いや俺がワインを選んで侍女に準備させる。エトワール、君は転んでお腹をぶつけたりしたら最悪なので絶対に1人で階段を上り下りしないでくれ」
来月で臨月の妻の手を取ってエスコートの体制になる。エトワール妃が「フィラント様は心配し過ぎです。レティアちゃん、また後でね。ごゆっくり」と告げると、2人は談話室から去っていった。ゆっくりと扉が閉まる。
「レティア、お疲れさ……ま……」
とととととっと駆け寄ってきたレティア姫にすがりつくように抱きつかれ、ユース宰相は1人掛けのソファからずり落ちそうになった。
「つ、ついに言いました。苦手なので私のことは今日を限りに忘れて下さいと」
ユース宰相から少し体を離すと、レティア姫は矢継ぎ早に事情を説明。「そうか」「そんな話があったのか」とユース宰相は相槌を打ちながら体制を整え、爆音を鳴らす心臓を鎮めようとゆっくりと呼吸をした。
(計画通りいったようだな。これでしばらく見合い三昧とかでレティアを呼びつけたり、この国に来たり出来ないはず)
自身の策が上手くいったようだと、ユース宰相は心の中でほくそ笑んだ。
(あの男は諦めない気はするが、一先ず追い払えた。にしてもレティアが甘えにきたのはどういう心境だ?)
「あの、ユース様。その、レティアはその、ユース様のだけのつ……」
コンコン、とノック音がレティア姫の言葉を遮る。レティア姫は慌てて立ち上がり、扉へ近寄り、返事をした。
今晩東塔に泊まってエトワール妃やクラウス王子の世話をする侍女が入室。ワインボトルとワイングラスをテーブルへ置き、ウイスキーグラスとウイスキーボトルを回収していった。
再び2人きり。レティア姫はユース宰相の向かい側の1人掛けソファへ腰掛けた。頬を赤らめて俯きながら、いそいそとワインをワイングラスへ注いでいく。
「君は私だけのつ、の続きはなんだい?」
答えは明白、とユース宰相はニヤつきそうになる口元を軽く握った手で隠し、顔の筋肉にも力を入れて柔らかい微笑みを浮かべた。
見つめられたレティア姫はみるみる真っ赤。耳まで染まっている。湯気が出そうなくらい、とはこのことだ。
「ユ、ユース様だけの妻でいたいと思っています……。他の方と結婚なんてしません。絶対に」
しばらくユース宰相を見つめるも、照れて俯き、白ワインを注いだワイングラスをユース宰相へと差し出した。
「ありがとう。今その気持ちを告げてくれたことで、この先何があっても耐えられる。レティア、この世に絶対なんてない」
ワイングラスを受け取ったユース宰相は窓の方へ視線を移動させて、遠い目をした。
思っていた反応と違う、とレティア姫は困惑。落胆の表情になった。
「ああ、悪い。ここは私も絶対に君だけだと言うべきだったな。あまり君に嘘をつきたくなくて」
ユース宰相はグラスの中のワインを全て飲み、手酌でワインを追加。レティア姫が手を出す隙も無いくらい手早い動作。
前髪を掻き上げ、ゆっくりとレティア姫へと視線を移し、ワイングラスに口を付ける。彼は苦笑の形に唇を歪めて目を細めた。
「まあ君は知らないだろうが、私は粘着質な男だ。多分あいつより余程。今日を限りに忘れろと言われても、心臓が止まるその時まで忘れない」
この台詞を聞いて、レティア姫は顔をしかめて俯いた。太腿の上にワイングラスを置き、空いてる手をチェスの駒へと伸ばす。
「それは、亡くなられたという恋人のことでしょうか……」
レティア姫は以前「ユース王子には忘れられない死んだ恋人がいる」とユース宰相の近衛騎士ダグラスから聞いていて、それを思い出していた。
「うん、そろそろ聞きたいかなと思って。地方に飛ばされている間に病気にかかっていた。彼女、貧しくてさ。身分が違うとキスすらさせてくれなかった」
ユース宰相の声はか細い。ソファに深く腰掛けて、ゆっくりと息を吐き、目を伏せる。逆にレティア姫は目を丸めてバッと顔を上げた。
「日陰者にするむもりなんてなかったけど、あの頃はそんな権力なんて持っていなかった。彼女もさ、首を縦に振ってくれなくて……私から何一つ受け取ってくれなかった。遠慮もあるだろうけど、私を信じていなかったのかもな……」
レティア姫が黒曜石のような瞳をゆらゆらと揺らす。静かな室内で彼女は心音を大きくし、込み上げてくる熱に耐えた。
「私は君の信じていますという、真っ直ぐな信頼の眼差しがとても好きだ。先程絶対と言い切ってくれた時のような」
苦笑いのまま、ユース宰相が顔を上げる。赤紫がかった黒い瞳に涙目のレティア姫の姿が映る。
「好きな女性とこんなに長く共にあったことがないので、時折明日が怖くなる。私は絶対とか、永遠なんて信じていない。朝目が覚めた時に君の姿を見るとホッとするし、眠る直前には君の顔を見ておきたい」
そう告げるとユース宰相はスッと立ち上がった。レティア姫の側を通り、去り際に頭を撫でて通り過ぎる。
「君の心変わりが怖くてサボりがちで溜めてしまった仕事を減らしてくる。お休みレティア。明日からはまたいつもの生活が送れそうで嬉しいよ」
振り返り、立ち上がるとレティア姫はユース宰相の背中に両手を伸ばした。そのまま、勢いのまま抱きつく。
「ユース様、心変わりなんてしないと約束します。その、旦那様への気持ちがすぐユース様へ移ったことを知っていているので信用しないかもしれませんけれど……。約束します……」
失恋後、慰めに慰められてユース宰相へ心を傾けたレティア姫。彼女は「約束します」と呟いた。
(いよっしゃああああああ! 本音だけど寂しそうにすれば釣れると思ったあああ! いやっほう! ルイめ、毎月ムカつくがお前なんて私達夫婦の仲を深めるスパイスだ! 私のレティアとデートしやがってザマアミロ!)
「信じて欲しいです」と口にしてギュッと抱きつくレティア姫の悲しそうな様子とは真逆で、ユース宰相は内心小躍りである。
この男は常に相手がどういう反応を示してくれるか予想をして言葉や態度を選んでいる。
同じ話を伝えるのなら、より効果的、より自分に都合が良いように、がモットーだ。
(あとは振り返って抱き締めてめちゃくちゃにキ……)
キスしよう、と意気込んだもののユース宰相の体は動かなかった。
動悸と手汗が酷い。それに背中に感じるレティア姫の温もりと柔らかさで体に熱が集まっていて筋肉という筋肉が硬直。
おまけに口元がデレデレと緩すぎて、作りたい表情が作れない。
(私の阿呆。この計算をしていなかった。そうだ、どうでもよい女は百戦錬磨だけど惚れた女に免疫がないんだった……。レティアに格好悪い姿を見せたくない……)
困った、とユース宰相は途方に暮れた。




