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☆★ 夜の会食終了後 応接室 ☆★
「このように、陛下にこの国の戸籍をいただきルイ・メルダ男爵をレティア王女の正室婿に。ドメキア王国のルイ・メルダエルダ公爵は未婚で王国に必要な女性を娶りま……」
「お待ち下さい閣下! このような案に書類をいつの間に! ドメキア王陛下の捺印まで!」
向かい合わせのソファに座るのはアルタイル国王と宰相のディオク王子、マクシミリアン宰相の3人と、上座側にルイ・メルダエルダ宰相と彼の側近のヴラド卿である。
ルイ宰相は「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」作戦を放棄し「鳴かぬなら鳴くまで籠の中に入れて待とうホトトギス」戦法に切り替えようとしていた。
ディオク王子は提示された書類を手に取り、めくり、頭を抱えた。
大国から多くの利益を得る代わりに、レティア王女の夫にしろという要求。当然、アルタイル王国としては飲むしかないような内容。
なにせ、ドメキア王の一筆が「他からの縁談避けに是非。我が大鷲賢者が姫君へ力任せに迫ったり、貴国を脅迫時はこの件は撤回させるのでよしなに頼みます」である。
ルイ宰相は暗記していた最後の文まで口にすると、大きく深呼吸をしてアルタイル国王に微笑みかけた。
「祖国で日に日に反対され、妨害されるので堂々とレティア様と接する口実が欲しくて。これでしたら誰にも損はないかと」
ルイ宰相がキリリと断言した時、蛇の隠し通路内でレティア姫は頬を引きつらせた。
「あの方、何を言っているの? 誰にも損はないって当事者の私には損しかないわ」
「レティア様、お任せ下さい。彼の好きにはさせません。乗り込みますので隠し通路から部屋の前へ移動しましょう」
隣に立つカール令嬢に肩を抱かれ、レティア姫は小さく震えた。応接室内での会話は続く。
「ええ」や「まあ、その……」などとアルタイル国王や2人の宰相が言葉を濁す。
「ルイ様が我等の国の為に祖国で妻を迎えて下さるなら万々歳。東の煌国との外交経路の通り道であるこの国で、別人として息抜きをするとは、良い案を考えましたね」
ヴラド卿は荒げた声を整え、こほんと咳払い。猛反対から一転、ルイ宰相の味方である。
この瞬間、コン、バーンと応接室の扉が開いた。現れたのは仁王立ちのカール令嬢と彼女の後ろに隠れてそろそろと顔を出しているレティア姫だ。
「この国ではルイ・メルダ男爵だというのなら遠慮はいらん! 我が国はドメキア王国からの援助など不要。この国には恵の聖女レティア様の加護があるからだ! 故に戸籍は与えても伴侶の座など与えん!」
この発言にルイ宰相は顔をしかめた。が、彼はレティア姫の怯え顔を見て青ざめた。
「ドメキア王陛下がレティア様を守って下さるとは有り難いことです。このようにレティア様は断固拒絶の意思を示されているので、とっとと帰れ、ルイ。力任せに迫ったら撤回だもんな。帰れ帰れ」
カール令嬢は半幼馴染のルイ宰相など全く怖くない。しっしっ、と手で虫を追い払うような仕草をする。
『閣下を愚弄するな!』などと叫ぶルイ宰相の側近や近衛騎士はいない。
カール令嬢といえば、ドメキア王の相談役である流星国王の宰相を父に持ち、祖父は東の大国煌国の皇帝関白殿下という中々の巨大権力を背負うお嬢様。故に誰も逆らわない。まあ、逆えるっちゃ逆えるが逆らわないのは彼等に都合が良いからだ。
「良かったですねヴラド卿。ルイ・メルダエルダ宰相閣下は西の地の者ときちんと結婚するそうです」
「ありがとうございますカール令嬢。左様でございますね。閣下は結婚して下さるそうで、いやあ、良かった良かった」
カール令嬢は素早くヴラド卿へ采配のボールを渡し、ヴラド卿も即座にそれを受け取った。阿吽の呼吸、以心伝心である。
ルイ宰相は自分の策で己の首を締めたと悟った。おまけに計られたとも気がつく。
彼はレティア姫に悪印象を与えたことに怯え、青白い顔色を更に悪くさせた。
「んなっ! レティ、レティア様! 聞いておられたのですか⁈」
ルイ宰相の瞳には、カール令嬢の姿ではなく悲しげな表情のレティア姫の姿が映っている。
「私は……」
レティア姫の口から、か細い声が出ると、応接室内が静まり返った。
(今日こそ言いたかった。今なら言える。だってドメキア王陛下が一筆書いてくださったみたいで、カールさんがここまで言ったってことは、国にもお兄様達にも迷惑を掛けなくて済むって状況だもの)
グッと拳を握り、腕を伸ばすとレティア姫はカール令嬢の背後から出てきた。
「初めてお会いした時からルイ様の強引さが苦手でございます。どうか、どうか私のような平々凡々とした色気のない青臭い娘のことなど、今日を限りにお忘れ下さい。お願い致します!」
深々と頭を下げた数秒後にレティア姫はルイ宰相にくるりと背を向けた。その後は逃亡。彼女の近衛騎士がその後を追う。
「とのことです。失礼致します」
カール令嬢は華麗な一礼をし、ルイ宰相にウインクを飛ばしてから高笑いを始めた。そのままレティア姫の後を追っていく。
「レ、レティア様……。平々凡々としたとはなんで謙虚な。それに清楚可憐なご自身をあのように卑下されるとは自信がないのだろうか……」
レティア姫の決死の拒絶はルイ宰相の心にはまるで響かず。彼はもうレティア姫に嫌がられていることに少々慣れつつあった。
彼のめげていない様子に応接室内の一同が「あー……」と目を彷徨わせる。
「褒め称える者が少ないのなら私が伝えねば。全く、ユース王子はレティア様をぞんざいに扱っているのか? 許せん」
この台詞に、ヴラド卿は呆れて肩を落とした。
好きの反対は無反応。ルイ宰相は「嫌悪されているなら恋も芽生える」というお花畑な思考を展開させている。レティア姫にとってはなんともはた迷惑な一途男。
しかし残念なことに今夜のことで彼はいくつもの見合いをさせられることになり、レティア姫とユース宰相の関係は更に深くなる。




