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物音で振り向いたユース宰相とレティア姫の視線が交差する。
「セルペンスが邪魔するので、今夜はもう会いたくないのかと思ったが、戻ってきてくれて嬉しいよ」
先に口を開いたのはユース宰相である。ワイングラスを片手に困り笑い。空いている手で妻を手招き。
「ユース……様……。追いかけてくれたのですね。セルペンスが邪魔を? ですか……」
レティア姫が自身の体や周りをチェックしたが、セルペンスは1匹もいない。
待っても近寄ってこない妻の様子に、ユース宰相は更にヘソを曲げた。
(なんだ、可愛く甘えて謝るとかかと思ったが違うのか。カールに諭されて寝にきただけか。まあレティアは照れ屋過ぎるからな。それにヤキモチも、私に迫られたいというのも可愛いよなあ。やはり、こちらからしかないか)
決意はしたものの不満。ヤケ酒だ、とユース宰相はワイングラスに口を付けて中身を一気飲み。空いたグラスに手酌で白ワインを注いだ。
(勝手に怒って飛び出したのに追いかけてくれて、笑っておいでって言ってくれた……。後ろから抱きつく……。おねだり……。おねだり? でも賭けって……。白銀月国にも行きたいし……)
素直で単純なレティア姫は、カール令嬢の「ユース王子は今頃落ち込んでいる。拗ねている」を信じた。
手招きされて呼ばれたこともそれを後押ししている。
両手を胸の前で重ねて指を少々弄りながら、レティア姫は悩み続けた。
(抱きついて嫌がられたら……)
そんなの悲しいと涙ぐみ、レティア姫は思い至った。
(私なんてこの間突き飛ばしたわ。今日なんて叩いて……。ユース様も悲しかった? 気にしていないと思ったけど、気にしていた? 叩いたことを謝らないと……)
そろそろと足を動かすと、レティア姫はゴクリと喉を鳴らした。両手をギュッと握り締める。
(いつもならこっちを向いてくれるもの)
『たまには私に夢中になってくれる気はないか?』
その言葉を思い出して、レティア姫は勇気を振り絞った。大きく深呼吸をして、ジワジワユース宰相へ近寄り、そっと両手を伸ばした。
「あの、ユース、ユース様……。叩いたりしてすみませんでした……」
えいっ! とレティア姫は特大の勇気を出してユース宰相の背後から彼の首に腕を回した。ギュッと力を入れる。
(うおっしゃあ! じゃない。カールの入れ知恵だろうな。唆されたというか、利用されたんだな。つまり、あいつに何かさせられるのか。また面倒事を押し付けられるのは御免だ。覗き見しているかもしれない。ここは耐えよう)
デレッと鼻の下を伸ばして、即座にレティア姫の唇にキスしそうになったが、ユース宰相はジッと耐えた。真顔でワインを飲み続ける。
「怒っています?」
レティア姫が心配そうにユース宰相の顔を覗き込む。ユース宰相はチラリと出入り口の扉がピッタリと閉じられていることを確認した。
(ん? いないか? いなそうだな)
「ユース様、すみません。あの、その。他に何をして欲しいですか? その、後ろから抱きついて欲しいのは聞きましたけど、甘えて欲しいとはどのような?」
「んー、別に。君が極度の恥ずかしがり屋なのは分かっている。期待していない。まあ、おいでって手招きしたから隣に来てくれると嬉しいのは分かるよな?」
期待していない。その言葉はレティア姫を戸惑わせた。ユース宰相が振り向いて、頬にキスしようとしてきたので思わず避ける。
(期待していないから、練習なんてふざけた感じで頼んだの?)
(えっ。なぜこの状況で嫌がる。揶揄われた腹いせに、押したり引いたりしてこいってカールに言われたのか?)
やや切なげな表情で見つめ合う2人。レティア姫の頭の中に、彼女の小さな分身が2人登場した。
(避けたりするから悲しそうよ! キスよレティア! 自分からキスするのよ! 心変わりしたのではないかと誤解されるわ!)
(自分からキスなんて無理よ無理! 心臓が口から飛び出してしまうわ!)
攻めぎ合う自分自身にレティア姫が固まっていると、ユース宰相は顔をテーブルの方へ戻して、ポンポンと自身の隣を叩いた。
「喧嘩なんてしたくなかったのに、嫉妬したり、勝手に怒ったりすみません。デ、デート。白銀月国でのデート、楽しみにしています……」
レティア姫は「えいっ」ともう一度ユース宰相に首に腕を回して抱きつき、彼の頬にキスもした。その後バッと離れて小走りでソファの前へ移動。
目を瞑り、勢いのままユース宰相の膝の上に座ると再度首に腕を絡めた。全身を真っ赤に染めて硬直。
(はず、恥ずかしい……)
(白銀月国でのデート? 何故ここでそのような単語……。カールのやつ、白銀月国行きを棄却する予定だと、どこからか嗅ぎつけやがったな。で、今夜のレティアに何か吹き込んだ)
「畜生、何か面倒事を押し付けられる」と内心舌打ちしながらも、ユース宰相は本能に任せてレティア姫の柔らかな肢体を両手で楽しんだ。抱きしめて、腰や背中を撫でる。
「レティア……」
「ユース様……。レティアにはこれが精一杯です……」
恥ずかし過ぎる、とレティア姫はユース宰相の首から腕を離し、胸に手を置いて軽く押した。
「断じて……嫌なのではなくて……。っん……」
唇を唇で塞がれ、レティア姫はユース宰相のシャツを軽く掴んだ。
念願叶ってレティア姫から誘われたユース宰相の理性はヒビ割れ。何度も何度も妻の柔らかな感触や体や髪から香る甘い匂いを堪能した。
ソファにそっと押し倒されると、レティア姫は懸命というようにユース宰相の首へ三度目の腕回し。
更には唇が離れたときに自らキスしにいった。
これによりユース宰相の理性のヒビ割れは更に悪化。
「レティア……。可愛い……。もう一回……」
熱視線に切なげな表情で「んっ」とキスをせがまれ、レティア姫は数分後にユース宰相にチュッと軽くて短いキスをした。
それを合図にユース宰相は少々激しいキスの雨を降らした。
その後レティア姫を熱を帯びた瞳でジィッと見つめ、彼女の頬を撫で、髪をかきあげ、反応や表情を確かめて楽しむ。
「本当に可愛い……。レティア…… もう一回……」
これを何度か繰り返した結果、レティア姫の脳味噌は沸騰。彼女はのぼせてしまい、意識を朦朧とさせてしまい、深夜に医者を呼ぶ大騒ぎとなってしまった。
のぼせた原因がイチャイチャによる緊張と興奮なんて言えばレティア姫の自尊心が傷つくと、ユース宰相は「レティアは1人で長風呂した」という言い訳を用意。
念のために客間で女医とともに寝る事になったレティア姫は侍女達に長扇であおがれながら「やらかした……」と落ち込んだものの、夫が去り際に「君に夢中になり過ぎた。すまない」と耳打ちされて、内心デレデレ、ウキウキ。
時折真っ赤になって、医者や侍女に心配を掛けた。
☆★ この後のユース宰相 ☆★
恥じらいながら、そっとドレスを脱いで、もじもじするレティアは————いやダメだ。
服を着せたい。優しく包み込んで、君が大切だからまだ早いと、真っ赤な頬にキスだけで終わらせよう。
一生の思い出になる素晴らしい結婚式の夜に、愛を囁きながらスマートにリードするのが理想的。
でも今日みたいに、キスのおねだりをされたら——……するな。キスする。ユース様もっと、もっと、もっと、もっと、キスして抱きしめてと甘えられたらやはりドレスを脱いでもらって——……。頭真っ白。
「うわお、鼻血が出た! たらーって多分鼻血! ディオク、ディオク、ハンカチある?」
ベッドに座り、上を向いてディオクをバシバシ叩く。寝巻きなのでポケットにハンカチは入っていない。
薄明かりなので見えないけど、いきなり鼻水は出ないだろうし、匂いが血だ。
これ、やっぱり初夜なんて無理。今夜より過激なキスも怪しい。本人の前で鼻血なんて死ぬ程嫌だ。
「もう何なんだよ! 寝かせてくれよ! 鼻血なんて何を想像したんだよ! 自分の部屋に帰れ」
ディオクはサイドテーブルの引き出しから羊皮紙を出して、私の顔面に押しつけた。
「痛くて固い」
「煩い!」
何度目かの沈黙。羊皮紙をちぎり、垂れてきた鼻の方へ突っ込む。キスの想像で鼻血なんて自分でも情け無い。
寝ないと困るなと目を閉じる。レティアの顔が浮かばないように、羊はやめて、汚い髭面男を想像する。
汚い髭面男が1人、疲れ切ったリチャード兄上が1人? リチャード兄上の髭を剃り、さあ行くぞと言われて……。
家族で散歩ですか? ユース様、後でこっそり2人きりになりませんか? というレティアが1人出てきた。見たことのない水色の爽やかで可憐なワンピース姿で愛くるしい笑顔。
「うわああああ、可愛い————!」
「煩い! いい加減寝ろ!」
このようにユース宰相は義理の弟ディオク王子の部屋で彼の睡眠を妨害。それは空が白むまで続いた。
またエピソードを思いついたら追加します。




