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 ユース宰相の近衛騎士、ダグラスの宿泊部屋。


「ユース様、いい加減にして下さい」


 2本目のワインボトルを開栓しようとしたユース宰相の手を、ダグラスが止める。

 ユース宰相はぶすくれ顔でワインボトルを両手で握り、胸に抱きしめた。


「酒くらい飲ませろ。レティアが妹達とニコニコ食事して、めちゃくちゃ機嫌の良い可愛い姿を眺めて、その後街外れを散歩して……。夜は……」


 ユース宰相はテーブルに突っ伏した。

 ぶつぶつ「あんな怒り顔辛い……」と繰り返す。


「はいはい。それより夕食に行きませんか? ほら、ユース様の行きつけの酒場。あそこの甘辛鳥は最高で……」

「1人で行けば。なぜ謝罪の花束に怒る。妹達にも用意したのに。そんなものに騙されませんって、どういう意味だ……」

「何をしたのか知りませんが、上辺だけの謝罪だと見抜かれているんでは? 女の勘は鋭いですからね」


 はいはい、とダグラスがユース宰相からワインボトルをとりあげる。


「夕食抜きで、万が一倒れたりすると陛下が迷惑しますよ」

「はいはいはーい。食欲なんて無いんだもん。一食くらい減らしても平気なんだもん」


 机に突っ伏したまま、ユース宰相は軽く手を挙げた。その手を無理、というように横に振る。


「私は平気ではありません。甘辛鳥と名物看板娘を見たら、食欲も別の欲も出てきますよ」


 ほら、行くぞとダグラスはユース宰相の上着を脱がした。

 変装用の上着、スカーフ、メガネ、帽子、ズボンと、次々に渡していく。


「名物看板娘……。ああ、あの爆乳の……」


 ユース宰相は勢い良く顔を上げた。


「おい、行くか! レティアに捨てられる! 浮気男は嫌いだとゴミを見るような目で捨てられる! 最悪だ!」

「えっ、あの店の爆乳看板娘にも手を出していたんです?」

「ん? おいダグラス、私は恋人や妻以外に自ら手を出したことがない。向こうから寄ってきて進んで皿に乗るから、それならと美味しくいただいてきただけだ。10年以上ずっとそうしてきた。だから手を出してない」

「政治駆け引き、策略や調査に必要があれば、おびき寄せてそう仕向けていたのに、どの口が……」


 この台詞のほんの少し前に、コン、バーンと部屋の扉が開かれていた。

 近衛騎士ダグラスは素早く立ち上がり、帯刀している剣の柄に手を掛ける。


「あー、タイミングが悪かったようですねレティア様」


 訪問者はカール令嬢。そして、その隣にはレティア姫。

 ダグラスは即座に着席し、会釈をした。


「ん? レティア?」


 護衛とは違い、反応の遅いユース宰相が、ゆっくりと扉の方へ体の向きを変えた。


(……今の会話、聞かれていた? いや、既に知られている話だ。納得してくれるかどうかは分からないが、過去は変えられない。変えられるのは未来だと、そう必死に伝えた)


 恐る恐る顔を上げたユース宰相の目に飛び込んできたのは、彼が苦手な愛しのお姫様の小憎たらしい怒り顔。

 ムスッと顔をしかめて、眉尻を上げた可愛さのかの字もない上目遣い。いわゆる睨みだ。


「……お休みなさいませユース様。ば、爆乳の方とどうぞ楽しくお過ごし下さい」


 かなり棒読みでそう告げると、レティア姫はくるりと体の向きを変えた。


「レティア様、仲直りすると……」

「人の心は縛れない。そう申したのはユース様です。それで、それはもっともな話しです。約束したので信じるだけ。見に行くくらいユース様の自由です」


 そう告げると、レティア姫はカール令嬢の腕に手を添えて、歩き出した。

 早く立ち去りたい、我慢出来ないというように足早だ。


「レティア。わざわざ許しに来てくれたのか」


 ユース宰相は酔いで少々覚束ない足をなるべく早く動かし、レティア姫を追いかけた。

 気を利かせたカール令嬢が、サッとレティア姫から離れる。


「嫌がることをして悪かった」


 ほら、おいでというように、ユース宰相は素早くレティア姫の腰に手を回し、自分達の客室へと向かった。

 廊下で喧嘩するのはみっともないので、レティア姫も素直に従う。

 部屋に入ると、ユース宰相はそっとレティア姫を抱きしめた。


「それで、浮気して良いとは傷ついたが、本心か? 逆の立場だと、私は絶対に嫌だが。見に行くだけでもな」


 ユース宰相がレティア姫の顔を覗き込むと、彼女はしかめっ面に涙を浮かべていた。


「嘘です。ユース様は私と違ってヤキモチなんて殆ど……。私ももっと広い心を持とうと思いまして……」

「ははっ。顔に無理だと描いてある。レティア、私は君のものだ。この間、沢山伝えたのにもう忘れたのか?」


 レティア姫の涙をポケットから出したハンカチで拭いながら、ユース宰相は彼女の頬に軽いキスをした。


「私は?」


 レティア姫の不機嫌の理由は、グルグル回って、変化していた。

 嫉妬深いと知られるのが嫌、から始まり、もう知られていると落ち着き、ユース宰相は自分を決して縛らず、嫉妬もしないな。という思考に至っていた。

 それで、彼女は急に不安になった。

 丁寧な謝罪の言葉に、美しい花束を贈られたのに、可愛げのない態度を示して、呆れられ、下手したら嫌われたかもしれないと。

 レティア姫は不安で胸が張り裂けそう、というような悲しげな顔で、ポロポロ涙を流した。


(私はって、急にどうした。あれか。前に言った人の心は縛れないって言葉、突き放されたと感じていたのか。何この生き物。可愛い過ぎるんだけど。こういう愛情を求める女は生活の邪魔になるから絶対に関わらなかったのに……。本当、イカれた……。レティアだと滅茶苦茶可愛い……)


 即座にレティア姫の涙の理由を考察したユース宰相は、彼女を抱きしめる腕に力を入れた。


「私(わたくし)は? 君の心が私に向いている限り、君は私のものだ」


 耳元で欲しい言葉を優しい声で告げられたレティア姫は、ユース宰相のシャツをギュッと掴んだ。


「レティアは……。ばく、にゅうでは……ありませんよ……」


(ヤキモチもか。可愛いなあ。胸の大きさが気になるとか、それも本当に可愛い。なんでも可愛い。いや、冷酷無慈悲な目や怒り顔は嫌だな……。爆乳ではないって、それは分かるが、実際のサイズは知らないしな)


 ユース宰相の手は、半ば無意識にレティア姫の胸に伸びていた。

 先日、清楚可憐な純情天使の胸はまだ揉まない。我慢する。と決めたのに。


「ひゃっあ……やっ……」


(ん? 今めちゃくちゃ可愛い声がしたな)


 ユース宰相は自分の手が何をしたのか認識した。

 

(思ったよりある? ドレス生地が厚くて邪魔だな。ボタンを外して……っておい!)


 ユース宰相が見下ろすと、レティア姫の顔は真っ赤。目を丸めて固まっている。

 レティア姫の胸元から、ニュッとセルペンスが頭を出し、ユース宰相をジッと見つめた。

 ゴクリ、とユース宰相の喉が鳴る。


(レティアもだが、このセルペンスの様子。続けて良いのか、悪いのか分からない)


 ユース宰相の脳内に幻覚レティアがポンポンと現れた。

 天真爛漫な笑顔が素敵な純情天使のレティア姫。

 少々露出気味の誘惑天使レティア姫。


(ユース様♡ 清楚可憐な純情乙女の私には、まだまだ、おままごとキスだけですよ)

(おこちゃまはもう卒業したのよ。うんと沢山キスしたもの。ねっ、ユース様♡)

(……。おい。両方出てくるな。私のレティアは今、どっちだ?)


 2人のレティア姫(幻覚)は顔を見合わせて、冷めた目をした。


((レティアはレティアです。どっちなんてありません。答えを間違えてレティアを傷つけるユース様なんて嫌いです。さようなら、ユース様))


 羽の生えた幻覚レティア姫は、2人とも氷のような眼差しを残し、パタパタと飛んでいった。

 ちなみに、この思考の間、ユース宰相の手は男の本能に突き動かされて、普通にレティア姫の胸をやわやわと揉みしだいていた。

 慣れた様子でレティア姫のドレスの胸元のボタンを外し、生で。


「レティ……」

「ユース様は慣れていて何とも思わないでしょうけど、私にはまだ無理です! すみません、無理です!」


 レティア姫は思いっきりユース宰相を突き飛ばした。

 彼女は脱兎の如く逃亡。


(む、胸……。胸ってあんなに触られるの⁈ そ、それに、すごく変な声が出た……。あんな変な声嫌がられる……。それに、突き飛ばしちゃった……)


 うわああああん、ユース様に呆れられる、最悪嫌われると心の中で嘆きながら、レティア姫はカール令嬢の部屋に飛び込み、ソファに突っ伏した。

 しばらくすると、きゃあきゃあ言いながら、足をジタバタ動かし、そのうち惚けた顔で、甘ったるいため息を吐き始めた。

 悶えた挙句に惚け始めたレティア姫を、カール令嬢は知らんぷり。触らぬ神に祟りなし、と心の中で呟く。

 しかし、2人の妹分はニヤニヤ観察して、何があったかこそこそと妄想話を始めた。


 ☆★


 その頃のユース宰相はというと、自分達の客室に取り残された結果、床に四つん這いになり、雨が降る直前の空くらい、どんよりしていた。


(つい触っていたようだ。そのせいであんまり覚えてない。初めてはもっと楽しく触りたかったのに……。乙女の夢に相応しい甘い幸せな感じを演出するはずが……。その為に、これまでずっと我慢していたのに! キスを一通り教えてからだったのに!)


 ゴンゴン、と床に頭をぶつけると、ユース宰相はしばらく動かなかった。

 時間は巻き戻せない。やり直せない。とぶつぶつ、ぶつぶつ呟くユース宰相の姿は実に滑稽だったが、幸いその姿を見た者は誰もいない。

 

次回予告なし。

短期集中投稿として考えたエピソードはここまでです。


何か思いついたり、万が一リクエストがあれば投稿するかもしれませんが、投稿予定未定なので完結表記にします。


投稿中に、かなりくだらない、「金の斧 銀の斧」パロを思いつきました。

恋物語シリーズ全カップルで書いて、それぞれのおまけに投稿しようかと思っています。

レティアとユースver.はこの作品と、2人の出会い編「逃げる女好き王子と巻き込まれた男爵令嬢」の両方に同じものを投稿予定。

いつになるか、やめるか、現段階では不明です。


3人称の書き方、これで合っているのでしょうか……?

練習になったのか……?

反応がないので分かりませんが、とりあえず次連載(まだ未定)は、この書き方で書いてみたいです。色々と練習や悩みながらとりあえず、色々な話しを書いていきます。

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