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ミモリア教会で、聖女レティア姫が礼拝を行い、その後市民へ国宝である、奇跡の青薔薇の冠を触れさせてくれる。
街は沸き、教会には市民が押し寄せ、レティア姫のミモリア教会滞在時間は数時間に渡った。
パラパラ、パラパラと空から木の実が降った為、恵の聖女の噂に信憑性が増す。
しかし、いくら神聖視されようと、自らの使命だと公務に励む律儀さや、疲労を見せない気丈さを持ってはいても、彼女も単なる人の子。
成人したての18歳のレティア姫は、約10歳年上のユース宰相の公私混同の作戦に大変ご立腹。
宿泊するホテルの部屋で、ユース宰相に苦言を呈するも、言いくるめられそうになった挙句に、ベランダで迫られたものだから、火に油。
「ユース様の分からず屋!」
そう叫んで部屋を飛び出し、世話役のカール令嬢の元へ一目散。
カール令嬢の世話係、の名の下に今回の祈念に帯同した女学生、レティア姫と共に育ったアリスと彼女の親友にして、元婚約者ロクサス卿妹オリビアに「今夜は3人で寝ましょうね」と微笑みかけた。
ソファで読書をしていたアリスとオリビアは、突然部屋を訪れたレティア姫に、予定より早いと首を傾げた。
レティア姫を部屋に招き入れたカール令嬢は「何か喧嘩か」とすぐに察し「どうせ痴話喧嘩」と結論付け、何も聞かずにソファに腰を下ろした。
それで、読みかけのレティア姫宛ての手紙の検閲という仕事に戻る。
「お姉様、怖いお顔よ。ユース様と何かありました?」
義妹アリスの問いかけに、レティア姫はぶすくれ顔をした。
「そうです。ユース様が少々変なのです」
アリスとオリビアはくっついて座っていたが、間を開けて、レティア姫の手を取った。
着席を促されて、レティア姫はアリスとオリビアの間に腰を落とした。
「少々変? 何があったのですか?」
オリビアの問いかけに、レティア姫は苦笑いを浮かべた。
「その愉快そうな顔。うっかりするところでした。お喋りオリビアには話さないわ。アリスにもね」
「「えー」」
急に部屋へ飛び込んできたのに、とアリスとオリビアが言い返す。
カール令嬢はチラリと3人を見て「楽しそうだから放置」と無視した。
この状況で、姫君への言葉遣いがなってないと注意する程、不躾ではない。
「それより、2人の支度をしましょう。カールさんに予約してもらったレストラン、とっても素敵なテラスがあるのよ」
まずはアリスね、とレティア姫が立ち上がる。
「逆よお姉様。私達、お世話係補佐ですもの。ねっ、オリビア」
「ええ、アリス。クラスメートや友達には秘密のお仕事よ」
アリスとオリビアは顔を見合わせて「ねー」と笑い合い、立ち上がった。
生まれに育ち、見た目も全く違うのに、気の合う双子のような2人に、レティア姫は口元を綻ばせた。
「あら、たまには私もお世話係をしたいの」
3人は鏡台へ移動。レティア姫はまずアリスを鏡台前に座らせた。
「また少し背が伸びて、大人びた顔立ちになったわね、アリス」
「お姉様、さすがに1週間では変わりませんよ。ねえ、オリビア」
「そうですよ、お姉様。この間のピクニックでも同じことを言っていたわ」
クスクス笑われて、レティア姫は頬を染め、はにかみ笑いを浮かべた。
「そう? なんだか年寄りみたいね、私」
クシを手にすると、レティア姫はアリスの暗い落ち葉色の髪をそっと手に取った。
(艶々。良かった。いつも通り、酷い目には合ってなさそう)
ろくでもない親を捨て、血の繋がらない姉と生きる決意をしたアリスは、とある貴族の屋敷で侍女をしながら女学校へ通っている。
正確には預けられて女学校へ通わせてもらっている、だ。
それが「恵の聖女レティア姫」がアルタイル王家に忠誠を誓い、治世に役立つ駒になるための交換条件。
また、アリスが姉と接点を持ち続けられるための条件でもある。
姉の名でのさばらず、大人しく学業に励むのなら、豊かさと教養を与えて、大好きな姉にも会わせる。逆なら親と一蓮托生。
レティア姫の義両親、つまりアリスの両親は田舎へ追放され、爵位を取り上げられ、現在は農作民である。この事実を、レティア姫とアリスは知らない。
両親は、王都へ入れば死罪の烙印まで手首に押されている。
手配したのは全てユース宰相。
彼がまだレティア姫に恋慕を抱いていなかった頃の話しだ。
彼女を婚約者と結婚させてやろうと根回ししていた頃のことでもある。
理由は国の為、敬愛する国王陛下の為。
聖女の衣を着せたレティア姫は、国政に大変有益。婚約者ロクサスは元々目を掛けていた官僚。人質アリスも預け先の動向チェックに使える。便利駒が3体増えた。
それが、元々ユース宰相がレティア姫に対して抱いていた感情。
人は、人と深く関わることで、考え方や接し方が変わる。時に人生を大きく変化させる程に。
(ユース様。陛下や国政が1番大切なのに、全く、どうして見られたら困ることをするのかしら)
ユース宰相に脅されたり、振り回された過去を思い出しながら、レティア姫は小さなため息を吐いた。
(見られないからって、いくら他から見えないベランダだって、外なのに。馬車だって、いくら根回しをしていたって……)
「お、お姉様。また怖いお顔よ」
「えっ? あら嫌だ」
「分かったお姉様。あれでしょう? ユース様が注目の的だったから、ヤキモチね」
「お姉様、旦那様の時もちょこちょこヤキモチ妬いていたものね」
ニヤニヤ笑いを浮かべるアリスとオリビアに、レティア姫は腰に手を当てて抗議した。
「大人を揶揄うんじゃありません」
「ああ、レティア。愛しのレティア。この瞳には君しか映らない。だからこの宝石のような目にも、俺だけを映したい」
「その夜、青薔薇姫の真珠のように白い柔肌に、真紅の薔薇が咲き乱れたのだった」
大袈裟に、歌うように告げると、アリスとオリビアは「きゃあきゃあ」騒ぎ始めた。
この2人は、女学院での演劇発表会が大成功してからというものの、時折演劇風に語り出す。
特にレティア姫を揶揄ったり、楽しませたい時に顕著だ。
「ま、まあ! 2人とも! それは私とユース様の偽小説ですね! 2人の年で、は、はれ、破廉恥な書籍を読んではなりません!」
「破廉恥ってお姉様……。読んだの?」
「読んだの? 私達の歳って、もう13歳よ」
興味津々そうな2人。レティア姫はブンブンと首を横に振った。
「カールさんから報告を受けただけです。読んだのはカールさんです。勿論、彼女が読んだのは仕事の一環ですよ。私や王家の名誉毀損にならないか、内容チェックをしたのです」
「カールさんが破廉恥だと言ったのですか?」
「あのくらいで?」
へえ、とアリスとオリビアがカール令嬢を見る。
とばっちりを受けたカール令嬢は、手紙の検閲作業の手を止めずに、しれっと返答した。
「破廉恥ではなく、レティア様には刺激が強い、と申しました」
「そうよね。お姉様って初心ね。結婚するまでキスもダメってくらいお堅いし」
「お姉様がお兄様と恋人だった時、お兄様も惚気ていました。可憐で働き者。気立てが良くて身持ちが堅い。しかしキスくらいしたいが……。いや、彼女の為だしな。ああ、シャーロッ……」
「オリビア、アリス! レストランへ連れて行きませんよ!」
レティア姫の叱責に、アリスとオリビアは涼しい顔。
「ユース様が迎えに来てくれますもの」
「王子様が迎えに来てくれますもの」
ねー、と顔を見合わせて笑い合う2人に、レティア姫は降参。
「小娘達、楽しむのは良いが、早くしないとレティア様に世話してもらう時間がなくなるぞ」
カール令嬢が告げた時、コンコンと扉をノックする音が部屋に響いた。
「レティア様、揶揄われるのはその性格と顔に出易いからで、慕われているからです。何があったのか知りませんが、夕食前に仲直りしては? このノック、きっとユース王子ですよ」
カール令嬢は親切心でそう告げたのではない。
(レティア様が妹分達と寝るとなると、絶対にあのバカ王子が面倒なことをする)
という、気持ちからである。勿論、好きな相手と喧嘩をしていても良いことはない、という親切心が無いわけでもない。
「私は居ないと告げて下さい。ユース様に丸め込まれるのは嫌です」
レティア姫はそう言うと、鏡台の下に隠れた。実に子供じみた行動。
しかし、ドレスの裾が丸見え。頭隠して尻隠さずとはこのことである。
(ユース様のキス魔。破廉恥男。慣れてるからって、余裕だからって……)
レティア姫がご機嫌ななめな最大の理由は、結局のところ嫉妬だった。
涼しい顔に慣れた様子で手を出すことや、キッチリ状況把握をしている点などが、レティア姫をモヤモヤ、イライラさせている原因。
まだ悟られていない。しかし、そのうち見抜かれる。
嫉妬心なんてほぼ無さそうな相手に、嫉妬深いと知られる。
今、彼女が嫌がっているのはそれだった。
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レティア姫を迎えに来たのは、カール令嬢の予想通りユース宰相だった。
彼の手には小さな花束が2つと、大きな花束が1つ。
ユース宰相は2つの花束をアリスとオリビアへ渡した。
これは賄賂であるが、レティア姫の宝物を喜ばせるという意味も持つ。
鏡台下に隠れるレティア姫の所まで移動すると、ユース宰相はしゃがんで優しい声をかけたら。
すまないと詫びて、レティア姫の背中をそっと撫で、許して欲しいと花束を差し出す。
花束は紫のカンパニュラに、青薔薇姫に因んだ白い薔薇を添えたもの。
カンパニュラは謝罪、9本の薔薇には「いつもあなたを想っています」という意味がある。
以前贈る花に意味を与えておくのは、男の自己満足。という会話をユース宰相として、花言葉の本を読んだレティア姫は、差し出された花束に込められた意味を即座に察した。
嬉しい反面、また慣れているというモヤモヤが彼女を襲う。
そうして、モヤモヤがイライラに変わり、レティア姫の口から「そんなものでは騙されません」という台詞が飛び出した。
ユース宰相が花束を置いて黙って去ると、レティア姫は素直になれば良かったと後悔し、鏡台下に潜り込んでしばらく出てこなかった。
初恋とか、若い頃の恋って、めんどくさくなりがち。




