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「サシャはその、どうしたら子供が出来るか知っていたりする?」
湯浴み中、レティア姫は意を決して、髪を洗ってくれている侍女サシャに問いかけた。
サシャは元エトワール妃付き侍女で、年が近いのと、レティア姫と共にある鷲蛇セルペンスに全く物怖じしないという理由で、王女付き侍女に抜擢された女性である。
また、少々怖いもの知らずで、誰かれ構わずお喋りするところがあるので、引っ込み思案な上に聖女の肩書きや鷲蛇セルペンスの影響で、まだ国内に友人がほぼいないレティア姫の友人候補として人事異動させられた。
サシャは、初めはエトワール妃と離されるなんて嫌だと不満だったものの、今ではすっかりレティア姫と親しくしている。
2人の普段の話題は、ほぼスイーツについてだ。
レティア姫は甘いものを好まないユース宰相や、カール令嬢の代わりに、侍女達と頂き物のお菓子を堪能している。
「子供ですか? 運みたいですよ」
「運?」
「沢山して、たまたま授かるのだから運ですよ。だから子が欲しい人は神様に祈ります。急にどうしたのです? 結婚して半年なんて、まだまだ気にしなくて良いと思いますけど」
レティア姫髪に蜂蜜を塗りながら、サシャは首を傾げた。
「沢山して? 何をです?」
レティア姫の、か細い声によるこの質問に、サシャは言葉を詰まらせた。
(えっ? どういうこと?)
サシャはうーん、と唸った。
社交界の貴公子、女好き王子ユースは聖女の体に溺れて他の女性とはしなくなった。
聖女レティア姫は凄いらしい。是非とも相手をしてみたい。
レティア姫は魔性の力で、皆で共有していたユース王子を独占している。
サシャの知る社交場での噂はこれである。
恥ずかしがり屋で奥手のレティア姫にぞっこんのユース宰相、というのはサシャの知るところ。なので、噂の真実は男達の語るものの方だと推測していた。
「その感じ、サシャは知っているのですね。私、ずっと何も知らなくて……。その……」
レティア姫はモニョモニョと、これまで誤解していた妊娠にまつわる知識を語った。
それから、ユース宰相にそれを話して訂正されたこともだ。
「はず、恥ずかしくてなりません。妻、まだ恋人? みたいなものですが、旦那様に娘に教えるようなことをさせたなんて……」
レティア姫は花びらの浮かぶ湯船に沈んでいった。半身浴から、口元まで湯に浸かった状態になる。
「恥ずかしいですか? 高貴な身分の女性だと、初夜直前まで何も知らない方も多いそうですよ。それで伴侶になった夫が手ほどきをするとか」
結婚してもう半年以上経ちますが、とはサシャの立場では言えず。
いや、聞く絶好のチャンス! とサシャは意を決した。
レティア姫とユース宰相の話しは、あちこちで中々役に立つ。
「2人のここだけの話し」は彼女の好きなデザートを多くゲットする手段の一つ。
未婚女性の多くは、こぞってお姫様と、彼女を優しく包むようなユース王子の話しにウットリする。
(レティア姫にベタ甘のユース王子が、未だにレティア姫に手を出していない理由は、絶対に話しのネタになる)
王家に関する悪い噂を流せば、それが嘘でも真実でもクビになるが、そうでなければ問題ない。
ペラペラお喋りの自分に対して、強く叱責する者がいないのがその証拠。と本人は思っている。
実際、その通りである。
「そうですか。それなら、良かった……」
レティア姫は湯船から体を少し出した。
「それで、新たな疑問なのですが、赤ちゃんがおヘソから生まれないのなら、どこから生まれるのでしょう? サシャは知っています? ユース様は特に教えてくれなかったので、まだ知らなくて良いことなんですかね?」
「はい。知っています。何回か出産を目撃しましたし、正式に立ち合ったこともありますから。あのー、レティア様って毎晩ユース王子と何をしているんです?」
切り込んだサシャに、レティア姫は「んー」と考えるような声を出した。
「ユース様と? 別々の事が多いです。ユース様は大抵、手紙の返事を書いたり、何かの書類を確認しています。私はその間、似たようなことや刺繍、編み物、セルペンスと歌ったりですね。散歩とチェスをたまに2人でします」
「キスとかもしますよね?」
怖いもの知らずのサシャは、更に切り込んだ。
サシャの知るレティア姫は優しく、ちっとも怒らないから、まだ質問しても平気という判断。
聖女レティアにここまで踏み込む王女付き侍女は他にはいない。
話しかけられたり褒められて感激する侍女はいても、質問をする者は今のところ皆無。
強心臓とはいえ、サシャも多少は緊張し、胸をドキドキさせた。
レティア姫はサシャの質問に対し、真っ赤になって、湯船に沈んでいった」
「た、たまに……で……ブクブク」
語尾は湯の泡になって、消え去った。
レティア姫は顔を湯から出した。
(レティア様、なんかエトワール様の新婚当時みたい)
サシャは微笑ましそうにレティア姫を観察しながら、髪を梳かした。
湯の中で泳ぐ鷲蛇セルペンスが、レティア姫の肩に乗り、頬に頭部をすり寄せた。
「どうしましょう。子供は欲しいですが、おこさまキスの続きなんて、想像もつかなくて……。恥ずかしい行為だというのは知っているので……調べる勇気もなくて……。この調子で結婚式典の日が来たら……私、きっと溶けてしまいます……」
(レティア様可愛い。ふーん、結婚式典の日が本当の初夜ってことなのか。理由は何だろう?)
「あっ!」
「どうしました? サシャ」
「対外的には婚約中だからですか? 初夜がまだなのは」
2人きりの上に、レティア姫がちっとも怒らないので、サシャにはもう怖いものはなかった。
「デートを重ねて、色々と大事に積み重ねて、一生に一度の輝かしい祝いの日を初夜にしようと、その、ユース様が言ってくれまして……。私もキスもまだだったので、恥ずかしく……賛成しま……ブクブク」
レティア姫はまたお湯の中に沈み、語尾を消し去った。
(えっ、それは衝撃的。あのユース王子が……)
サシャは蜂蜜を塗って梳かし終わったレティア姫の髪を、お湯で洗い流しながら、ぼんやりした。
これまで、サシャはレティア姫と食べ物(主にデザート)の話しをしていたので、思わぬ新婚生活の内容に驚きを隠せなかった。
寄ってきた可憐な蝶を食べない蜘蛛なんているか? いない。でっ、毒がありそうなら食べない。
捕食物は、それなりに吟味するさ。味じゃなくて、毒があるかないか。なので、味への拘りなんてそこそこさ。
食欲、睡眠欲、性欲は自然現象。減れば満たすだけ。フィラントが堅物なんだよ。
これが、サシャの聞いたことのある、遊び人ユース宰相の台詞。
王子達と兄弟同然に育ったユース宰相は、国王陛下に頼まれたのもあり、本当の兄弟になる為にレティア姫と政略結婚に持ち込んだ。
その結果は意外な展開で、ユース宰相は聖女レティア姫の体に溺れて骨抜きになり、女を釣る為に参加していた社交場から姿を消した。
サシャはこの噂を信じていて、婚約破棄させられたレティア姫は、女あしらいの上手いユース宰相にコロコロ転がされ、失恋の痛みを忘れ、ユース宰相にあっさり惚れた。
多くの者が、サシャと同じような事を考えている。勿論、噂は他にも数多ある。
(これは誰も想像してなさそう……)
サシャはこの超極秘ネタは、下手すると身を破滅させる、と心の中にしまうことにした。
ユース宰相が溺れているのがレティア姫の体ではなく、本人そのものだと、何が地雷になるか分かったものじゃない、という生存本能が働いたからだ。
(おヘソから生まれないなら口? そうだわ。そうよ。お腹と繋がっているもの。だから舌を入れるの⁈ 私、もう男女の営みについて、もう殆ど知っていたのね⁈)
サシャに髪を洗われながら、レティア姫はまた見当違いの誤認識を持った。




