43 家族
セオドアはローズマリーと出会ってから随分と前向きに変わってくれた。
時には弱音を吐いて、本当に自分のやっていることが正しいのかと不安に思うときもあったようだが、ぐれたり、めげたりせずに何度も前をむき直してくれた。
そうして、つかみ取った今の地位が、彼に取ってどれほど苦しんだ道のりの先で得た成果なのか、マルヴィナは知らない。
わからないだけならまだしも、知ろうともせずに、それまでのセオドアのことを屑と呼び、彼のせいかは自分の強引な躾のたまものだと思っている。
それはあまりに腹立たしく、彼から聞いていたよりもマルヴィナはずっと醜悪な人間だった。
セオドアは屑なんかじゃない、強くまぶしい人なのだ。
そう思うと重たい気持ちがとぐろを巻いて胸を苦しくさせる。ローズマリーを怒らせてオロオロとしていた兄だが、しばらく約束のチェスを指しているとぽつりと言った。
「……なぁ、ローズマリー」
「なんですの。お兄様」
「俺が度が過ぎたこと言ったのは、わかってる」
「お兄様には怒っていませんわ」
「ああ」
彼がまた再度謝罪をしようとしていると思ったので、ローズマリーはポーンの駒を動かしながら先回りして言った。
しかし兄は言葉を止めない。
「……でも怒ってんだろ」
「お兄様には少し腹が立った程度ですわ」
「だろ」
「ええ」
「でも、それでも言うぞ。俺は」
アルフレットはカツンと音を立てて駒を置く。
ローズマリーは盤上から視線を上げて、兄の顔を見た。
「……あの女の息子との結婚なんてやめとけ。ろくなもんじゃない」
「レジナルドとの結婚を止めてくださらなかった、お兄様が言いますの」
「あの男は、ただの小物だ。少しばかりお前のことをないがしろにしたってお前は別にそれぐらいじゃ折れない、不仲だろうがケンドール伯爵家は下位の貴族だ。お前の生活は絶対に保証させていた」
否定は出来ない。
家族は家族なりにローズマリーの幸せな結婚の形を考えて、条件で相手を選んだのだ。
実際にレジナルドが浮気したり、ケンドール伯爵家に浪費癖があったりして、ローズマリーの貴族らしい生活が脅かされる可能性はなかった。
それは事実だ。
そして、バークレイ侯爵家への嫁入りが叶ったとして、その後どうなるか、ということは不透明だ。
実家の権力も及ばず、ローズマリーは苦労する可能性もあるだろう。
それに対してろくなものではないと兄は言いたいらしい。
「……」
「わかるだろ。ローズマリー、俺はお前が不幸になるなら、これ以上協力なんてしない。いくらお前の兄様でもお前が不幸になる結婚なんて邪魔したいぐらいだ」
「……」
「ローズマリーが言うことを聞かないなら父上に話を通す。父上はバークレイ侯爵家とのつながりは有益だというかも知れないが、父の考えなんていくらでも覆せるからな」
兄にしてはとても冷たい言葉だった。
そしてアルフレットならばそういうことも可能だ。父は兄に信頼を置いているし、この人は平気で嘘もつく。
ローズマリーの意思よりも兄の言葉が優先されるだろう。
彼は合理的な人間だ。ローズマリーの気持ちよりも、生活やお金、これからのことを考えている。
そういう人なのだ。ローズマリーの家族たちは。
(わかっていますわ。それが、わたくしのきっと普通の幸せにつながることも)
けれどもその合理的な決断の根底にあるのは、ローズマリーからつながって得る収益やもたらされる得のためだけ、と言うわけでもない。
真に利害から動くのならばローズマリーに何もいわずに行動を起こすだろう。
そうしないのは、アルフレットの中にも家族の情があるからだと思う。
揶揄ったり、適当を言ったりしてローズマリーを困らせても、アルフレットに嫌われていると思ったことは一度も無かった。
「わたくしのことが、大切?」
「ああ」
「……きっと、あなたたちのくれる得がわたくしを幸せにすると、そう、思う?」
「そうだろ。気持ちはそのうちついてくる。十分な生活を送れば、いろいろやれることもある」
アルフレットは自分の言葉を疑っていない。
ローズマリーはその言葉を嘘だとは思わない、ただし、ローズマリーは家族とは別の人間だ。
違う場所で生きていたい。
セオドアや、シェリル、クロエ、イーディス、フィオナやウォーレス。
そういう人たちの中で自分の気持ちに従って、手を取り合って生きて居たいのだ。
「それは、きっと間違っていませんわ。そのお兄様の言葉は合ってる」
「なら」
「でも、わたくし……もう家族とまったく同じ人生じゃない。わたくしの道をわたくしの考えで進む」
アルフレットは、少し目を開いて、眉間にしわを寄せチェスの駒を取ろうとした手を止めて小さく拳を握った。
「独り立ちさせてくださいませ、お兄様。お兄様たちの価値観も間違っていない、でも違う道を進みたい。協力をしてくれとは言いませんわ。ただ、許してくださいませ」
「……っ」
「不安定で、採算がとれないかもしれない悪路を進むのをわたくしを信じて見守ってくださいませ」
アルフレットは、ローズマリーの言葉に傷ついたような顔をした。
それから握った拳をとんと、小さく机をたたいた。
「……お兄様、お兄様の愛情、ちゃんとわたくし知っていますわ」
「っ」
「でも、もう子供じゃありません」
「…………ずっと小さい俺の妹でいてくれてもいいんだぞ」
「あいにく、手遅れですわ」
ローズマリーは微笑んで返した。アルフレットはうつむいて席を立った。
その後、アルフレットが取った行動は、バークレイ侯爵家との食事会を取り付けることだった。
それは彼なりのエールだろう。
ローズマリーもあのマルヴィナのことを知ったからには情報集めと対策をしたい。
機会はいくらあってもいいはずだ。
ローズマリーという人間の生き方を呑んでくれたアルフレットには、きちんと結婚するまでにローズマリーも彼への情をちゃんと伝えようと心に決めたのだった。




