42 当たり前
「僕さぁ、跡取りなんだけど、なんにもうまくいかなくて」
「具体的にお聞きしたいのだけれど」
「ぐ、具体的」
「はい」
「母様が言うように……友達にしたい人を選んで接するとか、出来ないし、勉強や武術、魔法より、芸術とか音楽の方が好きだし」
「……」
「たまには遊びにも行きたいし、使用人とも仲良くしたいし、腹違いでも兄弟と交流したいし、魔獣とか殺したくないし」
「……」
「きつい言葉とかできるだけ使いたくないし、野心とかないし、どうでもいいし」
セオドアは次から次へと言葉を紡ぐ。
彼はダメな自分の一例として、それらの言葉を言ったようだったが、ローズマリーからすると別に度が過ぎなければなんてことは無いただの個性だと思う。
「でも、ダメだってわかってる、全部、怒られるばっかりで怒らせてばっかりで、母様を醜くしたいわけじゃない」
(怒らせてばかりで醜くする? 怒りでシワが寄ってふけるということ?)
「一応、頑張ってるつもりなんだよ。でもなんか全部母様の言うとおりやろうとすると手が震えて、頭が痛くて……僕、クラスで浮いてるでしょ」
「まぁ、それなりに」
「それ、社交界で僕がしょっちゅう倒れたり、泣いたりするからだよ」
「……」
言われて、なるほどと思った。
自分が倒れたことにたいして、彼がさして驚かなかったのは普段からそういうふうだったからなのだ。
ローズマリーはその家系の誰かということは覚えていたが、そんな情報までは興味が無かった。
案外、人は、いろいろなことを考えて人と付き合っているのだと思う。
「だから、ダメでさぁ、僕。母様に、魔法学園に行けって言われたとき、今やってることで精一杯で、できる事からゆっくりやらせてほしいって言ったんだよ」
「当たり前の主張ですわね」
「……うん、でも入学まで母様の従者に部屋に閉じ込められて、当日馬車に詰め込まれて卒業するまで帰ってくるなって言われちゃって……だから、帰れもしな、くて」
またセオドアの声が震えて、彼は泣き顔を隠すようにうつむいた。
「頑張ろうと思っても、もういやだなぁって、ダメだなぁって、消えたいなぁって悲しくて」
「……」
「明日、目が覚めたくない」
明日、目が覚めなければいいのに、ではなく、覚めたくない。
セオドアの心はもうとっくに折れているらしい。
しかし、ローズマリーは彼に同情するよりも先に不思議だった。
「……」
「消え、たい」
「……」
悲嘆に暮れて苦しむ彼が、不思議だった。
そんなふうに、彼が言ったような多数の個性を否定されても、愛されたい様な母とはどんなものだろう。
ローズマリーは自分の個性を一つ否定されたのですでに半年ほど前、自分の両親に見切りをつけたところである。
「……そんなに魅力的なお母様ですの?」
「魅力的?」
「ええ、それほど、あなたの多くを否定されてないがしろにされても、認めてほしいのでしょう? どんな方ですの?」
「……どんな」
「幼いあなたを心の底から愛し慈しんでくれた? それとも、憧れるほどの素晴らしい人格者? それとも、隙が無くて完璧な仕事をこなす様な人?」
ローズマリーは思いつく限り、素晴らしい人物像を口にする。
心から憧れて、彼女の言うとおりにして生きたいと思うのなら、きっとそのどれかだろう。
「……」
しかし、セオドアは憧れを語らなかった。その彼を苦しめているお母様がセオドアに取ってどれだけ大切かを語らない。
むしろ言いよどんで、恐れるようにローズマリーを見て「……それは」とだけ口にして口をつぐんだ。
「……でも、母親だから」
最終的にセオドアが言ったのは、言い訳の一言で、ローズマリーの言うような人物ではないらしい。
けれども母親だから、だから彼は彼女に振り回されて努力したり消えたくなったりするらしい。
それはとても不自由だ。
「あなたは、あなたなのに」
「……」
「あなたは苦しんでいるのに、あなた自身は、母親のことを優先するのにね。母親と言うだけで」
そして思ったままに口にした。
彼は、眉間にしわを寄せてローズマリーを見つめている。
「母親より、あなたの方がきっと優しくて良い人なのに、不憫ですわ」
他人を身分で差別して接することはなく、自分を否定する相手にもけなげに言葉を尽くし、努力が出来て、つい先ほど見ず知らずのローズマリーにもあたってごめんと言っていた。
少なくとも彼は優しい人である。
そして聞いた限りの彼の母親は、とても彼と比べられる人ではない。
とても残念である。
「わたくしが言えることはそのぐらいですわ」
「……」
「ごめんなさいね。突然踏み込んだ話をしてしまって――」
「で、でもっ、逆らっても結局無理矢理言うこと聞かされるだけだからっ!」
話を切り上げようとしたが、途端セオドアは、ローズマリーに反論した。
「だからっ結局――」
「あら、意味はあるでしょう? セオドア様」
「意味、あるの?」
「ええ、だってあなたは今、親元から離れて、自分の力を示せる場所にいる。技能がどうであれ、魔法使いの道は多様ですわ。卒業しろとは言われてもどういう道筋でとは言われていないのでしょう?」
「う、うん」
「得意な分野で実績を作って、それから将来、一人でも生きられるように王宮魔法団を目指すべきですわ。そうすれば親の庇護がなくても生計が立てられる」
「えっ」
「そうなれば、親に対して取引を持ちかけられる、優秀な魔法団所属の跡取りというカードを彼らも失いたくない、幾分戦えるでしょう」
そして戦うためならば、誰かの言いなりになるためではなく自分のためならば、体も動くだろう。
そうして生きる方が、きっと消えたいと思いながら苦しむよりもずっと楽しい。
「僕、あんまり戦うの得意じゃないし、成績もよくない、けど」
「あら、それなら少しは教えますわ。ちょうどわたくしは勉強程度しかやるべきことがありませから」
「いいの、そんなこと」
「ええ」
言いながらローズマリーはセオドアに手を差し出した。
これからよろしくという意味である。
その手を見てセオドアはぎゅっと拳を握る。
「……僕は、僕の好きに生きても、いいの」
「そんなことは当たり前のことでしょう?」
ローズマリーはとてもくだらないことを問い掛けられたのでそう言った。
彼はそうすると初めて、とても優しく気の緩むような笑みを見せたのだった。




