41 涙
ローズマリーは帰りの馬車の中で、思い出していた。
それはセオドアと初めて話した日のこと。
元々、魔法学園一年生として同じクラスではあったのだが、ローズマリーは積極的に人と関わることは無くクラスで浮いていた。
そんな中彼もまた、クラスになじめていない学生の一人で、今とは違いまったく明るい雰囲気ではなかった。
実技の授業で、初めて魔法学園の擁する森の中へと入り魔獣を倒すという授業だった。
ローズマリーには持ち前の火の魔法があったのでさほど苦戦しなかったが、他の生徒は初めて出会う魔獣の様子に恐れおののき、リタイアする子
が割といた。
その後、生徒達は慰め合ったり、放課後の訓練に向かったりと様々だった。
ローズマリーは図書室へと向かって、また勉強をしようと考えていたのだが、校舎へと向かう道のりを歩いていると目の前を歩いている男子生徒がバタリと倒れた。
「…………」
熱い日差しが照らす中で、横たわった彼の顔をローズマリーはしばらく見つめていた。
魔獣に傷つけられたのかボロボロで、所々血がにじんでいる。
教師を呼んできて任せる、という手もあったが、なんとなしに体が動いて身体強化の魔法を使って彼のことを抱き上げていた。
男の子だったけれど案外軽くて、人を抱き上げたことなど無かったが、やってみればやれるものだと思った。
救護室は窓が開いていて、強い日差しが室内で遮られているおかげで、心地よい風だけが吹き込んでいる。爽やかな風が真っ白なレースカーテンをなびかせていた。
救護室のベッドは、目の前の男の子が使っている以外は空いていて、水の魔法が使えるから癒やしは問題ないというと教師は任せて去って行った。
少し消毒の匂いが鼻につく。
ふわふわとした茶髪の彼――セオドアが眠っているところをただ眺める。
しばらくするとパチリと目を開き、のぞき込むローズマリーと目が合った。
「……ここは……?」
「救護室ですわ。魔獣と戦った心労……から倒れたのだろうと教師は言っていましたよ」
「……」
ゆっくりと半身を起こして、同じ高さで目線が合う。
「……ありがとう」
「いいえ」
「……えっと、ローズマリーさん?」
「そういうあなたは、バークレイ侯爵家のセオドア様ですわね」
「あ、うん」
短く返答すると、セオドアは気まずそうにローズマリーのことを呼んだ。
その言葉に彼はセオドアだと答える。
お礼を言われた時点で、「それでは」と言ってその場を離れることも可能だったし、セオドア側はそうすると思っていたと思う。
しかし、ローズマリーはそこにいた。
なぜかと、問われると今でも正直よくわからないが、強いて言うならとても弱っているように見えたからだろうか。
普段もセオドアがクラスで浮いていたから時折見ていたのだが、その様子からして、何というかとても危うい様な、心が折れるギリギリみたいなそんな印象だった。
だから今、この場を離れたら、彼とはきっともう縁が無くなりそうだと思って、それが不憫だったのだ。
この学園にいる生徒はローズマリーと違って、魔法使いの夢を持ってここにいるのだろう。
その夢に敗れて一人の若者が去る。それはきっと悲劇だ。
もしなにか……できる事があるなら、多少は、話ぐらいは。
「……そんなに魔獣が恐ろしかったんですの?」
倒れた理由を明確にして、なにかしらの解決策を見つければ多少はマシになるのではないかと思っての言葉だった。
「……」
「それとも、勉強が難しくて寝不足でしたか? ……寮生活が慣れない、とか? 教師の中にも親身になって話を聞いてくださる人はいますわ。話を聞いてもらって解決策を見つければ少しは、マシになることもあると思いますの」
「……」
それは、ローズマリーの実体験でもあった。
魔法学園に入れられて苦い思いをしてそれでも、自分のやりたいことや、やれることを考えて、解決策を見いだす。
そうすれば、今の道が苦しくともその先の未来の自分の利益のために頑張れる。
セオドアもそういうふうにしたらいいと思った。
「せっかく入った、学園でしょう」
ふとローズマリーが続けると、彼は掛け布団をぐしゃりとつかんで同時にローズマリーのことを睨みつけるように鋭い目をして答えた。
「こんなところっ、来たくなかった!」
「……」
「こんなところっ、っ、もう、僕、倒れたまま、目を覚まさなければよかったのに」
じわりと彼の瞳がにじんで、ボトボトと大粒の涙がこぼれる。
「もう、もうっ、どこか遠くに行きたい、消えてしまいたいっ、魔獣に殺されてしまったって良かった!!」
それは死にたいと言っているのと同義だ。
「抵抗するつもりもなかったのに、いつの間にか怖くて逃げてた!! っきえたい、もう、なんで? 僕は……っごめんね、突然!! 当たり散らしてっさぁ」
もふもふとした茶髪を両手で抱え込んで、膝を引き寄せて、セオドアはベッドの上で小さくなって涙声で言った。
「情緒おかしくて、ごめっ、ほんと、ダメだぁ、もう、もう……っ」
年の割には、幼く子供みたいにセオドアは泣いて、ローズマリーはどうしたらいいのかわからなかった。
慰めたらいいのかもしれないが、慰め方がよくわからないし、体が動かない。
ともかく彼はもうダメらしく、ローズマリーが思っていたよりもずっと重たいものを背負っているとわかった。
そんなことに首を突っ込むつもりはない、けれど、同時に心折れそうな彼をローズマリーが泣かせたのに放置するつもりもない。
そういうわけで、彼が泣き止むまでローズマリーはやっぱり彼を眺めていた。
身近な男性の兄や、レジナルドと比べると彼はか弱くて、こんな人もいるのかと少し物珍しい様な気持ちもあって、ともかく彼の泣き言を聞いてじっとしていた。
しばらくして落ち着くと、チラリとこちらを見た彼と目が合った。
「……」
「……」
「……」
「……な、なんでまだいるの?」
「話の続きを伺っていませんもの」
「つづき?」
「ええ、消えたい、から先も……その理由も聞いていませんわ」
「…………」
セオドアは、涙を拭いながらも困惑した様子でローズマリーのことを上から下まで眺める。
それから頭にクエスチョンマークをうかべて、所在なさげに少し髪を整えて移動しベッドの縁に座った。
「……なんで、聞くの?」
「さぁ……わたくしが不躾な質問であなたを泣かせたから……かしら?」
「そう、なの?」
スンと鼻をすすって、セオドアはローズマリーのことを窺うように見つめる。
泣いたせいで、目元と鼻の頭が赤くなっていて、やっぱり幼い子供みたいだった。
「ええ」
「そう……かな、まぁ、いっか」
「……」
「それで、なんでって、僕、意味ないなって」
彼は自分で言ってまた、瞳にじんわりと涙をうかべて、自虐的に笑った。




