40 劇物
ローズマリーの気が済んだ頃にはセオドアはすでに屍と化し、しばらく休ませると復活した。
仕切り直してテーブルに着いたが彼は若干警戒した様子でローズマリーのことを見ていた。
「そんなに警戒せずとももう、なにもしませんわ」
「本当に?」
「ええ」
「絶対?」
「もちろん」
ローズマリーが言うと彼はしばらくローズマリーを見つめて、「まぁローズマリーが言うならそうか」とすぐに納得してニコッと笑った。
先ほどローズマリーが約束関係なくキスをして、彼の制止も聞かなかったことに対してもう許したらしく、すっかりローズマリーのことを信頼している。
その様子がかわいらしくて、またうずうずしてしまったが、さすがにそろそろ理性も仕事をするべきだ。
当てもなくいちゃつくために今回彼を呼び出したのではない。
入団のために忙しい時期だとしても、そろそろ対処しなければならない問題があるからだ。
「それに、本題についてきちんと話し合っていないでしょう」
「う、うん。そうだね。……僕の……母親。バークレイ公爵夫人について……だね」
「ええ、その通りですわ。あなたのお母様は、わたくしとは別にあなたに結婚させたい相手がいますわね」
「……うん」
セオドアの問題、それは彼には支配的な母親がついているということだ。
この問題は結婚に関する以前からとても根深い問題で、魔法学園でセオドアがにっちもさっちもいかない状況になっていた原因でもある。
そしてそのバークレイ公爵夫人は、すでにセオドアの縁談を進めている。
そこをどうにかして、ローズマリーにすげ替える。……もしくは、また別の方法をとるのか。
それはわからないけれど、動くべき時が来た。
「でも、僕は王宮魔法団の就職も決定してる。だからね、まずは僕一人の力でやってみようと思う」
「……」
「母様を納得させてみせる。僕は跡取りとして大切な人材だ、だから僕自身のことを引き合いに出して、知らない女性との縁談を拒絶することは出来るはず」
「……理論的には間違いありませんね」
「う、うん。だからローズマリーはどっしり構えておいてくれたらいいから!」
どうやらまずは彼から動き、自分のことを自分で解決するという考えは強固なようだ。
それに、彼自身を引き合いに出されれば、親も言うことを聞くほかない。
セオドア本人の意思なくして跡取りとして働かせることは不可能だ。家系にとって良い結婚は大切だけれど、跡取りがきちんとしているよりも大切なことではない。
加えて彼は、魔法団に入団するというとても良い成果を持っている。
セオドアの意見を聞いて、結婚を妥協するという選択肢は当たり前のもので普通の親なら納得するはずである。
(それでも……不安がないとはまだ言い切れないのが事実ですわ……)
セオドアの言葉に、小さく頷きつつもローズマリーはこちらはこちらで探りを入れてみようと考えたのだった。
ある日開かれた王城のパーティーに兄と参加した。
兄はローズマリーに思惑があることを知っている。しかし、結局そのことだけは父と母に話をしなかった。
ついてきてほしいと言えば従うし、たまに揶揄ってくるのだがそれ以上のことはしない。今日も、この後チェスの対戦をやるという約束だけでついてきてくれた。
「あれだな」
アルフレットはローズマリーをエスコートしながら、くだんの人物へと視線を向ける。
視線の先にはバークレイ侯爵家第一夫人のマルヴィナの姿がある。
彼女はパーティーホールの一角でソファーに座って周りの貴族とゆったりと言葉を交わしていた。
とてもセオドアの様な年齢の子供がいるようには見えない美しい人であり、体型もまったく崩れていない。
彼女の周りにいる同年代の女性と比べると一層輝いて見えた。
「……話してみたいか?」
「今はまだ、その段階ではありませんわ。でも、どんな人か知りたいわ」
「ふーん。いいぞ」
アルフレットは短くそう言って突然歩き出した。
待ってと声をかける間もなく彼は「バークレイ侯爵夫人!」と気さくに彼女を呼びつけた。
(!)
ローズマリーは驚いたが、マルヴィナはチラリとアルフレットのことを見やって、それから口元に手を添えてにこりと笑う。
「あら、メイスフィールド侯爵令息。ごきげんよう」
「ああ、ごきげんよう。今日も今日とて、バークレイ侯爵夫人はお美しいな。つい見かけて声を変えてしまった」
「まぁ、こんな年増にそんなことを言ったって何もいいことはないのよ」
「年増だなんて、ご冗談を。本当は俺と同じぐらいの年なのでしょう?」
「……ふふっもう相変わらずお上手ね」
兄は恥ずかしげも無くまっすぐにそう言った。決して彼女から目を離さずに言ってのけた。
たしかに若若しくは見えるけれど、兄と同じ年と言うほどでもない。
それを本当に信じているかのように言うなんてローズマリーにはできない。
マルヴィナもまんざらでもない様子で微笑んでいる。
「ところでそちらは?」
そうしてマルヴィナはアルフレットのそばにいるローズマリーのことを問いかけた。
「分家の娘を父から押しつけられまして。気にしないでください」
「あら、大変ね」
「都会慣れしていないのか、人見知りで苦労してるんだ」
「まぁ……」
そうしてアルフレットはありもしない設定を追加して、ローズマリーは驚きながらもスススと視線を下げて兄の後ろに半身を隠した。
まさかこんなに堂々と嘘をつくとは思っていなかった。
マルヴィナのそばにいる貴族達はざわめいて、さわさわと木々のざわめきの様に言葉を交わすが、マルヴィナは少し考えた後、ぽつりと言った。
「その様子じゃあ、王都であなたのそばについて学んだとしても、たいした貴族にはなれないでしょうね。無駄だわ。無能と屑は皆家畜の餌にしてしまえばいいのにね」
「おっしゃる通り。その方がずっと住みよい国になるだろうな」
「それか、屋敷の地下に檻を作って入れておけばいいのよ」
マルヴィナはおっとりとした優しい笑みのまま言い放つ。
「ああでも、周囲はそれで不快なものを見なくても済むけれど身内はそうもいかないのよね。わたくしの身近にも、どうしようもない屑がいたのだけれど、たたき出して躾ればマシになって戻ってきたわ」
「おお、素晴らしい教育だな」
「ええ、あなたも是非頑張って」
そうして軽く会話をして、アルフレットはそれではと別れて、歩き出した。
一歩二歩と、兄に続いて歩みを進める。
彼はある程度進んだところで、ローズマリーを振り返って、いつも通りの悪い笑みをうかべた。
「ふふん。どうだ? 兄様はお前の要望通り、あの女の本性が出る会話をしてやっただろ? どうだった? どう思う? あれがお前の恋い慕っている男の母親だぞ?」
「……」
「とんでもないだろ? なぁ」
「……」
「ローズマリー」
どうやら彼はわかっていて、わざとああいうことをしたようだったが、ローズマリーは正直それどころではなかった。
セオドアから聞いてはいたのだが、一見して普通の女性に見えたため、もう少しマイルドな人柄だと思っていたのだが、劇物である。
と言うかあの人……セオドアのことを話していなかったか。
(どうしようもない屑……屑? セオドアが? たたき出したらマシになって戻ってきたって、魔法学園に入れたことですわよね。セオドアが……彼が……)
「……ローズマリー……怒ってる?」
(どれだけ、自分に合わないあの場所で苦労して、どんな気持ちだったか……知らないで…………)
自分のことではないのに、酷く強い怒りが湧き上がってくる。
怒りで何も言えないほど、ローズマリーは無言で拳を握りぐっと手のひらに爪を食い込ませた。
痛みをあまり感じない。
(どれだけ…………)
「ご、ごめん」
アルフレットは、短く謝ったがローズマリーはその言葉に返答するまでに酷く時間を要した。




