39 ギャップ
「みて! 魔法団所属の証のマントだよ! 一番に君に見せたくてつけてきたんだ」
屋敷に到着したセオドアを出迎えると、彼は馬車から降りてすぐにそう言った。
セオドアが動く度にはためくマントは、着用者を魔法から守るための紋が刻まれ、素材自体に魔力が込められている。
こういったものも大きなくくりでは魔法具であるが、一度効力を発動すると組み込まれている魔石を取り替える必要があるので、使い切りの魔法具だ。
セオドアが制作しているものとは違って、消耗品であるが、このマントは魔法使い憧れの品であり、それをまとったセオドアを見てローズマリーは彼を自慢に思ってねぎらうはずだったが、変に心臓が音を立てている。
「素敵です。とてもよく似合っていますわ」
「ありがとう!」
なんとか取り繕った言葉が出て行くが、先日、シェリルたちとのお茶会があって以来セオドアのことを考えると動揺してしまうのである。
応接室へと案内するために、隣を歩いていても、なんだか変なことばかり考えてしまう。
よく見たら彼の身長が伸びている気がするとか、少したくましくなったのではないかとか。
「久しぶりに会えると思ったらさぁ、昨日の夜は眠れなくて諦めて起きてたよ」
「寝不足は体に悪いですよ」
「大丈夫、帰ったらぐっすり寝るよ」
「ならかまわないけれど」
彼の言葉も口調も何もかも、以前から変わっていないし、何ならやっぱり少し子供っぽいけれど、彼のローズマリーを思う純粋さや強さが感じられて心臓がおかしくなる。
到着して、お茶が出されて向かい合うと彼は紅茶を甘くして飲む。
そういう変わっていないところはかわいくて胸がきゅっとするし、でもかっこいいには心臓がどこどこと鳴り響く。二つの感情が合わさっていつもより余分に胸が痛い。
今日のローズマリーは情緒がおかしかった。
「改めて今日は呼んでくれてありがとう。ローズマリー、ほら、僕は……その、勝手に君のところに来たら……あれ、だから」
「あれ? とはなにかしら」
恥じらいながらセオドアは言ったが、ローズマリーは言葉の意味がわからずに聞き返した。
「だ、だから……その、君に安心をねだっているみたいになっちゃうでしょ」
「…………! ああ」
「わ、忘れてたの?」
続けて言われた言葉に、ローズマリーはふと思い出した。
忘れていたと言うよりも、すでに適応外だと考えていたのだ。
セオドアが学生という本分をきちんと全うできるように、彼がローズマリーに会いに来ることに枷をつけていただけなのである。
なのできちんと卒業し、就職も決まっている彼は、もう何も気にせずにローズマリーに会いに来ていい。
未だにそれを守って、自制していたとは律儀というか何というか……それだけローズマリーとの約束を大切に思っているということだろうか。
「……いいえ」
「そぉだよね。だからさ、呼んでもらえてすごく嬉しい。手紙でも卒業間近のこと書いたけど、もうすごく大変で」
「ええ」
「あの三人にしごかれながら訓練して、逆に夜は僕が勉強教えたりして……ローズマリー様より教え方が下手だとか何だとか言われたけど…………」
「っふふ」
セオドアの言葉にローズマリーは、短く反応を返していたが、心臓がどこどこと太鼓をたたいたみたいな音を立てている。
セオドアに取ってローズマリーは誰より会いたい相手のはずなのに、約束を大切にして、自分の欲望ではなく、ローズマリーとの絆を大切にしてくれる。
そんな彼とは、ローズマリーは自分から呼んだけれども、抱擁もしたいしキスもしたかった。
というか彼に、無性に触れたかった。
「……」
「クレイン先生も助けてくれてね、先生、年だけどやっぱり教え方がうまいよね、まぁ教師だもんっ、当たり前だけど」
「……そうね」
「それでなんとかいろんな人に引っ張ってもらって、就職決められた、かな。……でもさ、一番その中で、僕を引っ張ってくれたの……君なんだ」
瞳をゆったりと細めて、頬を染めて笑う彼の表情がなんとも幸福そうで、ローズマリーは動きそうになる自分の手を押さえた。
「君は、絶対に魔法団に入れとは僕に言わなかったけど、君が力を蓄えて僕の問題に対処しようとしてくれていること……きちんとわかってる」
「……」
「でも、僕は君に助けてもらってばかりだけど……君と結ばれるっていう目標も全部君に助けてもらうつもりはないんだ」
「……」
「あのね、ローズマリー。僕は僕の力で君と結ばれるために、なにより頑張れた。君がいてくれるから僕は実力以上の成果をさ、出せてると思う」
ぐっと拳を握って前を向く彼の表情は、数年前と大して変わっていないかもしれなが、ローズマリーにはとても強く格好良く見えてしまった。
かわいいままの時もあるのに、不意に瞳にともった意思の強さや揺るぐことない思いが垣間見えて、そのギャップと愛おしさにローズマリーの胸はズタズタである。
「ありがとう。ここまでこれたのはローズマリーがいてくれたから。だからね、ローズマリー、僕は」
彼のヘーゼルブラウンの瞳には強い光がともっている。
いつからこんなふうだったのだろう彼は。
「自分のことにけりをつけて、君と一生一緒にいたいんだ。がんばるね」
「…………」
こんなにかっこいい人だったのだろう。
机に手をついて、ローズマリーは立ち上がった。
セオドアは少し驚いた様子で、けれどもローズマリーのことを視線だけで追って見上げている。
「……」
「……?」
「……」
前のめりになってセオドアを見つめると彼は少し不安そうな顔をした。
手を伸ばして、頬に触れる。
セオドアはすぐに「ワッ」と声を上げて身を固くした。
その唇を塞ぐようにしてローズマリーは唇を重ね合わせた。
しっとりとした感覚がふれあって、心から、彼を好きだと思う。
ここまで思ってくれて、いざというときには頼りにもなってくれて、ローズマリーのすべてを大切にしてくれる彼が好きだ。
この柔らかな感触や彼とふれあうこの心地よさはローズマリーだけのものだ。
そうであってほしい、ローズマリーも彼と結婚したい。
「んむっ」
セオドアは苦しげに声を上げる。
その様子が愛らしくて愛おしくて唇を離して「ふふ」と小さな笑い声を漏らす。
ローズマリーが彼を離すと、途端に顔が赤く染まっていく。
唇を押さえてぷるぷると震える彼は瞳に涙をためた。
「んなっなんで!? 僕っ約束まもったよ?!」
「……愛おしくて、つい」
ローズマリーはテーブル越しにセオドアの真っ赤になった顔に触れて、とても幸せそうな声で言った。
「か……かっこいい、ファーストキス、考えてたのに……!」
「いやでしたか?」
「ヤなわけないっ」
「ふふふっ」
「あ、うっ」
そうしてセオドアは子供っぽく怒ったが、嫌なわけではないらしい。
ローズマリーはその言葉を聞いて、遠慮無く彼の頬にも額にも、手にも唇にもキスをして機嫌良く笑ったのだった。




