32 申請
準備を整えてタイミングを計るには少々の時間を要した。
しかし、なんとか、月に一度の大まかな備品や支給品の発注の申請があがってくるタイミングまでに間に合った。
当日の朝、ローズマリーの机の上には異常な量の紙束があり、それを見てウェルズリー指導官はわざわざ迂回してローズマリーの元へとやってきて言った。
「あらまぁ、こんなに仕事をためて。何ですのこの汚い紙束は……まったくよそのことに注目しているからこのようになるのではないの? 見習い事務官」
「ええ、その通りですわ」
「本当にホワイトリー君がかわいそうですわ。こんな生意気な娘に教えなければならないのですもの。あなたには生意気という自覚はないのね、かわいそうに!」
座っているローズマリーに対して彼女は次々と言葉をぶつける。
ホワイトリー指導官はまだ出勤しておらず、ローズマリーを糾弾する声だけが響く。
「ええ」
「それに何ですの、上司に対してニコリともせず敬意が足りないったらないですわ」
「もちろんです」
「はぁ? っば、馬鹿にするんじゃないわよっ!!!」
そうして彼女は怒鳴りつけた。
ローズマリーは耳がキーンとして頭が揺れるような心地がしたが驚きはしなかった。
ここ最近のローズマリーの態度によってウェルズリー指導官の怒りは最高潮に達している。
朝から顔を真っ赤にさせて、きっと何年か続けていたら血管が切れて血を吹き出して倒れると思う。
さすがに大きな声が上がると、業務前に談笑していた事務官たちは窺うようにこちらを見る。
その目は心配というよりも煩わしいような視線だった。
それがウェルズリー指導官に向いているのか、それともローズマリーに向いているものなのかは……正直わからない。
「申し訳ありません」
ローズマリーはさらりと謝罪した。すると彼女は、ふーっふーっと荒く吐いていた息を少し落ち着けて睨みつける。
「その程度で許されると思っているのかしら、腹立たしいっ」
彼女が荒々しい口調で吐き捨てるとそこへ様子を窺っていたラルストン課長がやってきた。
ローズマリーは席を立ち、静かに彼に対して向き合った。
「ウェルズリー君……さすがにそのあたりで……まぁ、若者というのは少し生意気な方が健全とも言うし……」
課長はぎこちない笑みを浮かべてウェルズリー指導官をなだめる。
「そのあたりで、ではありませんわ! 上司を敬わないなどゆゆしき事態ですわ。直属の指導官が甘やかしてるからと言ってラルストン課長までそのようではどうしますかっ!」
「いや、はは……まぁ、メイスフィールド見習い事務官もあまり問題を起こしてもらっては困るよ」
「以後気をつけます」
課長はそもそも、ウェルズリー指導官がフィオナに理不尽を言っていたことによって、ローズマリーと敵対したことについては一切触れずに、ローズマリーの起こした問題としてひとまとめにする。
ウェルズリー指導官の存在自体も問題ではあるが、ラルストン課長のこの態度もことを深刻にしている理由である。
しかし今日でそれも終わるだろう、こちらを窺っていたフィオナに視線を送ると彼女は小さく頷く。
業務が始まってすぐ、魔法局からの申請書をラルストン課長へと提出する流れになるだろう。
その時は刻一刻と迫っている。
業務開始の時間になり、事情を知っているホワイトリー指導官とともに、ローズマリーは向かいの席に座っている彼女たちに注意を払っていた。
フィオナを伴って立ち上がり、ウェルズリー指導官はどこか自慢げな様子だった。
ラルストン課長のデスクの前へと行くと、彼女は室内全体に響き渡るような高く大きな声で、話し始めた。
「ラルストン課長、今月の魔法管理局の備品申請です。今月は先月よりもずっと早く調整が済みましたわ! わたくしが長年言い続けてきた、不要な魔法薬や魔法具について一切の申請がなくなり必要最低限!」
ウェルズリー指導官は自分の功績をその場にいる誰もに伝えるために身振りもつけて話をする。
自然と机に向かっていた事務官たちの頭が上がり、課長のデスクへと視線が集まる。
「経費もこの通り! やっぱりわたくしの言葉が正しかったとやっと伝わったのでしょうね。頭が固くて苦労していましたけれど、努力とは必ず報われるものですわ」
「拝見しよう。……ふむ、たしかにこれはすごい」
「ええ、そうでしょう!」
課長の反応に、周りの事務官たちも感心した顔になる。
しかし、フィオナがずいっと一歩前に出て、ウェルズリー指導官の隣に並んだ。
「お話中失礼とは存じますが、ウェルズリー指導官、ラルストン課長! 一点、させていただきたいお話がございます!」
フィオナの声も負けず劣らずよく通る。
事務官たちはいつものウェルズリー指導官の声ではない室内に響き渡る声量の声に全員が顔を上げた。
「そちらの申請書は、たしかに必要最低限ですっ、その上で、こちらが魔法局の方々から頂いた、必要魔法具や魔法薬についての資料と追加の申請書です!」
フィオナは隠し持っていた書類を差し出して、ラルストン課長は目を見開いて、混乱したまま手に取った。
「ウェルズリー指導官では、お話にならないとのことで私が直接いただき確認し、こうしてお持ちいたしました」
フィオナの言葉に、事務室全体に大きな緊張とざわめきが広がる。
ラルストン課長はこわばった顔で書類に視線を落とした。




