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26 前向き



 その日の夜、ローズマリーとウォーレスは自分たちの仕事が終わっても帰らずに、職場に残ってフィオナが一人になるのを待った。


 フィオナは一心不乱に仕事をしていて、手伝おうかと声をかけようとしたが、手伝ったところでそれがバレたら常に隙を探しているウェルズリー指導官につつかれる可能性もある。


 そもそも仕事の邪魔をしないようにこの時間まで待つことにしたのだ。そのスタンスを今更変えなくてもいいだろう。


 なんとなしに、ホワイトリー指導官からもらった新しい資料を読みながらローズマリーは時間を潰した。


 もう外も暗くなり、普通なら就寝準備を始める頃。


 やっとフィオナは顔を上げて、「はぁ~」と盛大なため息をついた。


 それからまだ事務室に人がいることに気がついて、ばっとそれぞれの机にいるローズマリーとウォーレスを見た。


「ウォーレス! っと、え、メ、メイスフィールド見習い事務官っ!?」

「おー、ずっといただろ」

「気がつかなかったよ!」

「必死だったもんな」

「仕方ないでしょお!?」


 フィオナは若干切れ気味でウォーレスに声を荒らげたがすぐにハッとして、口を押さえる。


 それからローズマリーを見て、軽く咳払いしてから切り替えて笑みを見せた。


「と、ところで、どうしてメイスフィールド見習い事務官もこんな時間まで? 残業?」

「いいえ、少しお話をと思いまして」

「お話……?」

「ところで、おなかが空きませんか? 仕事の合間に抜けて、食堂で軽食を頂いて来たんですの」

「おぉ、めっちゃ気が利く」

「わ、私ももらっていいの?」

「ええ、少し食べながら話しましょう」


 そうして、いつもと違って静かな事務室の中で、ローズマリーのデスクを中心にして集まって、三人はサンドイッチをつまんだ。


 外は暗く、人がいないだけで驚くぐらい静かで雰囲気も違う。


 それにこんなに夜遅くに人と会っているなんてなんだかローズマリーはすごく不思議な気持ちだった。


 魔法学園時代もろくに夜遊びもせずに規則正しく起きて眠ってを繰り返していたので緊張感で胸が高鳴った。


「おいしぃー……ありがとうメイスフィールド見習い事務官…………って、ちょっと仰々しいかな? 今更だけど、私はフィオナ・ノークス。同期なんだし気軽にファーストネームで呼んでほしいな」


 サンドイッチをおなかに収めて、フィオアはかわいらしくにこりと笑った。


 ぱっと見、大人の女性らしく落ち着いた素敵な魅力がある人だが、こうして話をしてみると案外幼く、元気な印象を受けた。


 気さくで接しやすくローズマリーもつられて微笑む。


「嬉しい申し出ですわ。フィオナ様、わたくしのこともローズマリーとお呼びください。年下ですから敬称もいりませんわ」

「そ、そんな、突然呼び捨てなんてっ……私真に受けちゃうタイプだよ?」

「ええ、かまいません」

「わー! ありがとう! よろしくね!」


 ローズマリーもフィオナもどちらともなく手を取り合って軽く握手を交わす。


「ところで、どうしてこんな時間まで待っててくれたの? ウォーレスはたまにいてくれたりしていたけど、ローズマリーは、ちゃんと挨拶をしたこともなかったよね?」


 手を離すと彼女は早速、疑問に思っていることを聞いた。

 

 ローズマリーはもちろんその答えを持っている。しかし、少し繊細な話題だ。


 こうして彼女が元気に見えても、心の中では苦悩しているのかもしれない。


 言葉を慎重に選んでローズマリーは口を開いた。


「お話ししたいことがありましたの……フィオナ様」

「話したいこと?」

「はい……」


 ウェルズリー指導官はあまりに理不尽だということから話をするべきか、それとも、フィオナの頑張りを見ていたという話をしようか、フィオナの表情を見て決めようと考えていた。


「もしかして、私の指導官のこと?」

 

 するとあちらから切り出されて、ローズマリーは「ええ」とおざなりに返事をした。


「聞いてくれるのっ、嬉しー! 愚痴だよ愚痴、もうほんと愚痴になっちゃうけどいい?」


 フィオナはキラキラとした笑顔で、気軽にそう言った。


 様子を窺っていたウォーレスもとても驚いた顔をしていて、その反応に今まで彼も踏み込めていなかったのだなと思う。


「もうね、ほんっとう、目つけられちゃってるんだよね、私、いびりだなって思うこともあるし、あたりきついなってへこむときもあってさ!」

「きついことを言うのは何度も聞こえてきましたわ」

「そうでしょ! おっきい声で怒るから、私の指導官。恥ずかしくって」

「デスクも叩きますしね」

「そう! それ、それも怖いって言うか、嫌なんだよね。……でもなにより嫌なのはさ」

「……はい」

 

 フィオナの表情は言葉を紡ぎながらだんだんと苦笑に変わっていく。


 しかしそれでもうつむいたりせず、まっすぐにローズマリーとウォーレスのことを見つめていた。


「私新人だから、まだまだなんにも知識もなくて、反論もできなくって、悔しいって思っても、すぐにできるようにならないこと!」

「……」

「なんか言ってることちょっとおかしいとか、魔法局の人たちとかみ合ってないとか、思うのに難しいね、専門的な話は、ついて行けなくて」

「……フィオナ」

「大丈夫、めげてはないよ! ウォーレス、それでもさ、頑張りたいじゃん」


 フィオナは、拳を握って背筋をピンと伸ばして座っている。


「せっかく選んで、頑張って入った道だもん。簡単にはいかなくても、私、いつかちゃんと反論できるぐらい一人前、なるから」


 彼女の瞳はキラリと光って、涙がにじんでいることがわかる。


 けれど決して泣き言は言わない。言うのは愚痴と、悔しさだけ。


 まったく心は折れていない様子だった。


「っでも! フィオナがそうやって、必死になったって、意味あんのかよ!」


 フィオナの前向きな言葉を否定したのはウォーレスだった。


「意味は、あるよ」

「反論できたって、それが正しくたって、あの女が認めるのか!? 俺はあいつがそんな殊勝な奴には思えない!」


 ローズマリーはウォーレスの意見にも一理あるとは思う、しかしそれもまた可能性に過ぎないとも思う。


 はじめから諦める理由にはならないだろう。


 フィオナはそんなウォーレスの言葉に驚いて目を丸くしながらも、彼の言葉の理由を問いかけた。


「どうしてそんなこと言うの?」

「……悪いのは、あいつだろ。なんでフィオナが必死になって、あいつに認められる必要があるんだよっ」


 ウォーレスの声は、怒気を孕んでいて、彼はフィオナがされている仕打ちをフィオナ以上に重く受け止めているようだ。


「認められるかもわからないのに身を削って頑張るぐらいなら、多少、でっちあげたって、あいつに思い知らせればいい……そうしたってバチは当たらないだろ」

「……それって、悪いことするって話?」


 ウォーレスの言葉にフィオナは表情を曇らせて問いかけた。


 その言葉にウォーレスは応えなかった。


 (……賛成はできかねますわね。気持ちはわからないこともないけれど)


 ウェルズリー指導官の不祥事をでっち上げて排除したいと思うほどに、彼女は理不尽でそして、手に負えない。


 課長すらも、問題を無視している問題を一介の見習いが正攻法だけで突破できるとは思えない。


 だからそういう手段に出るのもわからなくはない。


 しかし、その結論に至るのにはまだまだ踏んでいない段階がいくつかあるだろう。


「そう言った極端な行動に出る前に、本当に正攻法で彼女を落とすことができないのか、そういう話をした方が賢明ではないかしら」

「お、落とすって?」

「さぁ、決めてませんけれど、信用を失墜させる、あるいは地位を? ……ともかくそれには詳しい情報が必要よ。ウォーレスの言ったことはその後に検討しましょう」

「……悪い。極端なこと言っちまった」

「気にしませんわ」


 ローズマリーがそう諭すとウォーレスは素直に謝罪し、肩を落として小さくなった。そんなウォーレスの肩をフィオナがぽんとたたく。


 それからフィオナは詳しくウェルズリー指導官のことを話し始めた。




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