23 夢
「ウェルズリーさん、そうおっしゃらずに、一緒にお茶でも飲みませんか?」
ホワイトリー指導官はそんなウェルズリー指導官に気さくに声をかけた。
ウェルズリー指導官の機嫌は悪く、そんなふうに接して大丈夫なのかとローズマリーは疑問に思う。
しかし、ウェルズリー指導官はハッと顔を上げて、柔和な笑みを浮かべるホワイトリー指導官に、恥じらうようにしながらもワントーン高い声を出した。
「嫌ですわっ、聞こえてしまっていたなんて恥ずかしい、つい、見習いのことを考えてきつく当てってしまってましたのよ、おほほ」
「それは指導者として大切なことですが、あまり萎縮させてしまってもいけませんし」
「そうですわねっ、お気遣いありがとう、ホワイトリー君」
ウェルズリー指導官は、頬を染めてにこりと笑った。
彼女は自身の態度を恥じらっているみたいなことを言ったが、それよりも嬉しいという感情の方が前に出ていた。
目をパチパチとさせ、彼を見る瞳は純粋な十代の乙女のようだった。
しかし、彼女の実年齢はきっとローズマリーの父を超すレベルだろう。
そんな年齢でなおかつ若い娘の男に甘える気持ちを糾弾するのに、自分は当たり前の様に男性の配慮に喜び、少しでもよく見せようと声を高くし言い訳をする。
自分のことは棚上げで、言い過ぎたとも認めずに笑みを振りまく。
それがなんとも醜悪で、ローズマリーは彼女の顔を見ながらしばらく固まった。
そうしていてもウェルズリー指導官はローズマリーのことなど眼中になく目も会わない。
それからホワイトリー指導官とウェルズリー指導官は二、三会話をして、彼女は自分の見習いに「ホワイトリー君に免じて許してあげますわ」と言ってから次の仕事を差し出す。
見習いはそれでも「はいっ」と元気に返事をして必死に仕事をしているようだった。
それから、本格的に仕事が始まった。
まずは、他のことよりも自分のことだ。目の前の仕事をこなしていくとあっという間に時間が過ぎる。
「困りましたね。……ローズマリー君、君は本当に優秀ですね。資料もすべて読んだんですよね」
「はい」
「書類の形式や現場とのやりとりも頭に入っていますよね?」
「はい」
「無理は……していなさそうですが……」
二週間ほど経ったある日のこと、朝方、先日任せられた仕事を提出し、借りていた資料を返すと、ホワイトリー指導官は頭を抱えた。
それから、ローズマリーが新しい職場で無理をしている可能性を見いだして、のぞき込むようにローズマリーのことを見つめた。
けれど、無理をしているわけもなく、ローズマリーはいつも通りのペースで仕事と勉強をしているだけである。
ローズマリーの働いているこの事務院、総務局、総務調整課は、ざっくり言うとほかの局の管理を行っている課になる。
そもそも局は全部で総務局、魔法管理局、防衛管理局、財政管理局、法務管理局の五つに分かれており、名前の通り、魔法管理局は王国魔法団の事務管理を行い、防衛管理局は騎士団の管理、財政、法務はそのままの意味である。
しかし総務局だけは一つの仕事にとどまらない。
三つの課に別れていて、総務調整課、公文書管理課、貴族実務課と種類があり、総務調整課の役割は、それぞれの局を監視し備品や支給品の発注や管理に問題がないか、人事の采配、予算の管理をするのが仕事である。
各局の担当は、局の規模によって人数が違う。
ホワイトリー指導官やローズマリーの担当は防衛管理局、つまり騎士団の実務を任されている事務官たちの上司に当たると言って良い。
ローズマリーが見習いとしてこの課に入れたということは偶然ではなく、単純に身分と実力の問題だ。
間違いなく出世コースと言えるだろう。
人によっては無理をするのも辞さないぐらいの場所である。
他局の仕事とは勝手も違って、難解な部分も多いのだ。
しかしローズマリーは勉強が得意な方だ、寝る前や移動中にぼちぼち頭に入れていけば無理などせずとも二週間もあれば仕事は覚えられる。
けれども、素直にそう言っては教え甲斐が無いだろうし、言葉を選ぶ。
「ホワイトリー指導官の教え方がいいからとても早く覚えられたのだと思いますわ」
そうするとホワイトリー指導官の笑みはぎこちなくなって、つぶやくように言った。
「この実力でおごらずに、私を立てるほどとは……あなた大物になりそうですね、メイスフィールド君」
「……それは、どうでしょうか?」
ローズマリーは彼の言葉に、曖昧な返事した。
するとホワイトリー事務官は意外そうな顔をして、紅茶を飲んで言った。
「おや、出世欲はないのですか?」
「……仕事には全力で望んでいますわ」
「ふむ。不思議な子です。とりあえず、先ほど提出していただいた書類を確認しますね。本当は……この仕事、私が教えながらやる予定だったので、君の次の仕事は用意してありません。君は好きに過ごしてくださってかまいません」
「申し訳ありません。そうとは気づかず……」
「いいんです。新人が育ってくれるのは嬉しいことですから」
ホワイトリー指導官に言われてローズマリーは返事をして、彼の方に向けていた椅子をデスクの方へと戻した。
ローズマリーの中にあったのはホワイトリー事務官の「出世欲はないのか?」という質問だった。
まったくないというわけではない……しかし、ローズマリーの中の夢は事務官になることだった。
堅実で地に足がついていて、どんななじりや嘲笑にも、建設的な言葉と理論を返すことができる。
そういう人になりたかった。
しかし、なるまでの課程で、ローズマリーはあらかたの目標をすでに達成しているように思う。
ではその先は?
なった上でローズマリーのやりたいことは出世だったのだろうか。




