22 指導官
帰り際、ローズマリーはセオドアから書類を受け取った。
それはシェリル、クロエ、イーディスからのローズマリーに紹介したい人という内容で、ローズマリーに対する新たなる出会いの提案らしく、ローズマリーは首をひねった。
一応ローズマリーとセオドアのことはまだ公にするつもりはないが、それは主に彼の実家にへの対策であって、一切誰にもばらしてはいけない極秘情報ではない。
てっきりセオドアの友人である彼女たちには、ローズマリーとの話をすでにしてあると思っていたがそうではないらしい。
だから、何も知らない彼女たちが気を利かせてローズマリーにこういう紹介をしてくれるのは間違ったことではない……と思う。
しかし実際に答えることはできないし、ローズマリーは実のところ、彼女たち三人が苦手だった。
(……なにかこう……うまくせっすることが難しいんですのよ……)
ニコニコキラキラとした目でローズマリーを見て、ローズマリーも決して彼女たちのことが嫌いではないのに、うまく彼女たちと対等に接することができる気がしない。
ちょうどベアトリスにお礼を言われて憧れられて困ったときととても似ていた。
実は、セオドアにも一時期そんなふうに思っていた時期があったのだ。
それでローズマリーが少し素っ気なく接しても彼は追いかけてきてくれるので良き友人となり、それから恋人になった。
一方兄や、父、レジナルドに対しては、ローズマリーのスタンスは一貫していて、いらつくことはあっても特に気まずく思ったりしない。
それがどういう結論をもたらすのかローズマリーはまだ知らない。
しかし恩を感じてくれているシェリル、イーディス、クロエに対して将来的にはなにがしかの関係になりたいという欲求はあるのである。
そんなことを悩んでいたのもつかの間、ローズマリーはついに王国事務院の見習い事務官となった。
事務官の制服を身にまとい、屋敷を出て、事務院の建物へと到着する。見習いとして配属された総務局へと足を運んだ。
「今日から見習いとして配属された新人たちだ。例年通り、見習い一人につき指導官を一人つけ面倒を見てもらうことになるので、そのつもりで。……では、一人ずつ軽く挨拶するように」
ローズマリーのほかに同じ課に配属された見習いは五人ほどいた。
その中でもローズマリーが一番、課長であるクレインから近く視線を向けられて、頷く。
ローズマリーは目を細めてにこりと笑い、課の事務官たちへとよく通る声で言った。
「本日付で見習いとして配属されました、ローズマリー・メイスフィールドです。 まずは一日でも早く業務を覚え、皆様のお手伝いができるよう努めて参ります。至らぬ点も多いかと存じますが、ご指導のほどよろしくお願い申し上げます」
思い切りテンプレートな挨拶だったが、一番最初とあって、反応は良好だった。
今年の見習いはどうかと見極める様な視線を送っていた事務官も素直に拍手を送る。
ローズマリーの後に続く見習達は、ローズマリーの言葉を元にしてマイナーチェンジを行いそつなく挨拶をこなす。
一通り追えると、指名された指導官の元へと見習たちはちりぢりになる。
とある指導官は仕事の説明の為に資料を持ち出し、はたまた、現場を見せようと外出したりする。
そんな中、ローズマリーの指導官はとりあえずお茶を出した。
「まずはお話をしましょう。……改めて、私はベンジャミン・ホワイトリーと申します。ホワイトリー指導官と呼んでくださいね」
彼はそう言ってにこりと笑い、紅茶をのんで机に肘をついた。
ローズマリーに用意されたデスクは彼の隣で、横並びのデスクに紅茶を置いて、椅子だけで向かい合う様な位置関係で彼と向き合っている。
ローズマリーは少し返答に迷ったが「お気遣いありがとうございます」と口にして紅茶を飲む。
デスクで仕事もせずに優雅にお茶を飲んでいる人は、いないようだったが誰もホワイトリー指導官に文句を言うことはない。
彼が、文句を言われないだけの仕事をしているのだろうと察した。
「メイスフィールド君は、たしか特殊な経歴の持ち主でしたよね」
「はい。一度魔法学園に入学しその後中退し、事務官の試験を受けましたわ」
「そうか……私もね、一時期騎士になりたかった時期があって……魔法も戦闘向きの風の魔法を持っていたから認められて、騎士団の見習になったことがあったんですよ」
魔法学園での成績や中退理由についてまず聞かれるとローズマリーは身構えていたが、ホワイトリー指導官は穏やかな表情で自分の話をし始めた。
それにローズマリーは少し拍子抜けしてしまって、そして同時に騎士になりたかったという話は素直に意外だと思った。
「ただ見習になったのは良かったんですが……上下関係と、序列ががっちりで……謎の慣習も多くて……いろいろと合わなかったんですよ……」
そうしてホワイトリー指導官は遠い目をしてはぁ、とため息をついた。
「それで、諦めてこの仕事に就かれたのですか?」
「はい。そうですね。こちらの方が私には性に合っているみたいです。効率はいい方だから……君はなぜ、事務官に?」
「わたくしは……そもそも魔法使いになりたいわけではありませんでしたわ。ただ、周りの影響でそういった形になったのです。しかし、わたくしには事務官の夢がありましたから、退学したのです」
「なるほど。周りの意向でやりたいことではない道に進まされることはよくありますが、自分で転向するのは珍しいですね」
「少々、苦労しましたわ」
「だと思います。魔法学園ってどんな授業があるんですか?」
ホワイトリー指導官に問いかけられて、ローズマリーは当時のことを思い出して楽しく語った。
ローズマリーが楽しかった学園生活として思い出す、記憶の中にはどれもセオドアがいるのだった。
「いろいろあったけれど、すべてが悪かったとはわたくしは考えていませんわ」
「そうですね。やってみることは重要です。最短距離の道のりでなくてもそういう経験はどこでも役に――」
ローズマリーとホワイトリー指導官は、人生の寄り道の話について深く意見を交わしていた。
お互いのことがわかってくると会話も弾み、お互いに笑みが増える。
しかし、バンッと机をたたく振動が向かい合わせにつながった向こうの机からデスク伝いに伝わってきて、ローズマリーもホワイトリー指導官も音をした方を見やった。
「使いもろくにできないなんて……はぁ、今年のわたくしの見習いはハズレを引いたようですわね」
「申し訳、ありません。ウェルズリー指導官」
「謝罪などいりませんわ、普通、事務院の内部構造ぐらい頭に入れてくるものでしょう?」
「……すぐに覚えますっ、挽回させてください」
デスクを挟んで向こう側にいる見習いと指導官の席でそんなやりとりが行われている。
見習いは必死に頭を下げるが、大げさにため息をついてウェルズリー指導官は彼女の言葉を無視した。
それからウェルズリー指導官は自分の机に向かって、独り言みたいに言った。
「どうせ、あなたみたいな若い女はそうしていればいつも男かかばってくれたんでしょうね、はぁ!」
独り言にしては大きく、ローズマリーにまで聞こえた。
確実にそばにいる見習いには聞こえただろう。
けれども、否定する言葉はさすがに言えないだろう。これから一年世話になる相手なのだ。できるだけ仲良くなりたい。
と言うか、指導官とうまくやれるかは死活問題だ。
それをわかっていた上でウェルズリー指導官は無視して、否定できない言葉を吐き捨てたのである。
それはあまりに高慢で、嫌な態度だった。




