21 思い出
ローズマリーは魔法学園へとやってきた。
と言っても、もう生徒ではないので、わざわざ学園の中へと入ることはない。
学園の外の学生で賑わいを見せている学園街の大きな噴水の前でセオドアと待ち合わせをしていた。
休日なので学生服を着ている生徒はいないが、若く身なりの良い若年層が多く、静かに待っているローズマリーもその中に溶け込んでいた。
「ローズマリーッ!」
遠くから、セオドアの声がしてローズマリーはベンチに座って呼んでいた本から視線を上げて侍女に本を手渡す。
軽やかなトントンとリズムを刻む足音はすぐにそばに近づいてきて、腰を上げると彼はすぐそばにやってきていた。
「お、お待たせ!」
「待っていませんわ。まだ待ち合わせの時刻でもないもの、そんなに急いで来なくても良かったのよ」
「だって、っはぁ、早く顔を見たかったから」
荒い呼吸を整えるためにセオドアは膝に手を置いて、肩で息をしながら言った。
「久しぶりだもん。早く会いたかった」
素直なセオドアの言葉に、ローズマリーはなんだか以前よりも胸が痛くなるような心地がした。
会っていない間、会いたいとか寂しいとか思っていた訳ではなかったのに、まるで自分も心の奥底ではそう思っていて、念願の再会を果たしたみたいな変な気分だ。
そうしてちょうど彼のもふもふとした茶髪の頭が目の前にある。
普段はローズマリーよりもセオドアの方が背が高いので、こうして下にあることはめったにない。
なんとなく、手を伸ばす。
指先に髪を通して、すっとなでつけた。
想像よりも柔らかくて、これが猫っ毛というものだろうかと思う。
けれども猫をなでたことがないのでわからない。
「!!」
ローズマリーの手が離れるとセオドアはバッと離れて、まるで警戒している野生動物が人間の手を恐れるみたいに、体を縮こめてこちらを見ていた。
「…………髪に触るのはいけなかったかしら?」
その様子に、ローズマリーも若干驚いて、驚きのまま問いかけた。
「え、あっ、あ……び、びっくりして」
「そう」
「嫌とか……ではない。む、むしろローズマリーになら、さし、差し出す、ぐらい」
セオドアはリンゴのように頬を赤くして、ぎこちない仕草で先ほどと同じ体勢に戻った。
その様子はなんだか恋人としてのただしいふれあいというよりも、彼を従わせて無理矢理頭を抑えている構図になりかねないとローズマリーは思った。
しかし、これもセオドアなりの配慮と言えるだろう。
先ほどと同じように、ふわついているセオドアの髪をなでつけると、上から見てもわかるほど耳まで真っ赤になっていて、興味本位から今度はその熱そうな耳に触れたくなった。
けれどもそれをしたらセオドアはまた飛び上がって驚いてしまいそうな気がしたので、なんとか控えて、手を離すと顔を上げた。
すでに熱病の時のように顔が真っ赤になって、羞恥心が振り切れている彼に少しローズマリーも当てられて言葉少なに、歩き出した。
あらかた見たい店を見て回り、個室のあるティーハウスへと入ると、しばらく歩いて疲れた体を癒やすことができる。
出会ってすぐにぎこちなくなってしまったが、学園街を歩いていると自然と学生だったときのことが思い出された。
ローズマリーは遊び目的に、学園街へとくることは少なかったが、それでも学園で使うものを買いに行ったり、出回っている魔法具を眺めに行くことがあった。
そういうときには大体セオドアがついてきて、ちょっとお茶していこうと言ったり、少し寄り道をしたいと彼が提案しついてそれに回ったのだ。
「君と前に一緒に行った骨董屋、やっぱり今日も人入ってなかったでしょ? だから僕、あの店が潰れないか心配なんだ、実はちょいちょい買いに行ってる」
「どうしてあなたが、あの店の心配をするんですの?」
彼は、先ほど寄った骨董屋の話を持ち出した。
あの店は、学生時代に寄り道しようとメインストリートからそれて奥まった場所に二人で向かって、偶然見つけた店だった。
なんだか少し埃っぽくて懐かしい匂いがする店でローズマリーは気に入っているが、セオドアが気にかけている理由はわからなかった。
「だってローズマリーとの思い出の場所だもの。一つだってなくなったら僕は寂しいんだよ」
「……」
「ほかにも、二人でのんびり過ごしたベンチとか、一度は入ったら君が食いついて日が暮れても離れなかった古本屋とか、学園街の端にある展望台とか」
意外な答えに、ローズマリーはなんと返したらいいのかわからなかった。
その間にもセオドアはいろいろな思い出を語る。
言われるとそんなこともあったなと思いだして、それを語る彼の幸せそうな表情がなんとも言えない。
「そういうところ、たまに回ってまたローズマリーと来たいなぁ、って思ってる」
「……」
「……ちょっとキモい?」
それからローズマリーのことをチラリと見てセオドアは問いかけた。
不安そうな顔をして、これはまずいと思っているらしいが、ローズマリーの抱いた感情はそんな感情じゃない。
ただ、なんと言い表したらいいのか、少し難しい感情だった。
なんというか、とっさに抱きしめて、キスをしたいような、甘ったるい言葉を雨のように彼に浴びせたいような、そんな気持ちだ。
「…………愛おしいと、思います。あなたのそういうところ」
一番しっくりとくる言葉をローズマリーはぽつりと言った。
するとセオドアはぱっと目を見開いて「よかった、気持ち悪いって言われたらどうしようかと思った!」とぱっと明るい笑みを見せた。
ローズマリーは彼を好ましく思っている自覚はあった。一緒にいて楽しいし、彼の好意が嬉しくてそばにいると心地いいと思って手を取った。
しかし、気持ちはなんだかそれ以上に勝手に進展していく。
いつだか簡単にかわいい人だと口にしたけれど、今はその時よりもずっと胸が苦しくて、かわいいと言って抱きすくめたい。
そんな感情だった。
けれども、こういうローズマリーの変化にはセオドアは鈍感で、良かった良かったと笑っている。
そういうところもまた、かわいいと思ってしまうのも困ったことだった。




