19 破滅
レジナルドの事情説明で、ローズマリーはあらかた彼のスタンスが把握できた。
つまり彼はすべてモンティース侯爵家のせいということで、この屈辱を受け流そうとしているのだ。
「……」
「あり得ないだろう? ローズマリー、私はこんなに献身的に妹に尽くしたというのに」
「……」
「こんな話が合ってたまるか……私や妹の気持ちはどうなる? 君はわかってくれるだろう?」
レジナルドは、ふと顔を上げて、苦しげな表情でローズマリーのことを見やった。
彼の思考はやっぱりお花畑である。
それはあのときから何も変わっていない。
けれど、現実は彼の目の前まで差し迫っている。そろそろ目をそらすことも難しい。
見せてあげることにしよう。きちんと。
「……でも、不可解ですわ。レジナルド」
「……なにがだ?」
「だって、どうしてモンティース侯爵家が他家の教育費を知ることができたのかしら」
「……」
「望んでもいないのに、ベアトリスがさらわれたのなら、それこそ大問題でしょう? なぜ、それをケンドール伯爵家は主張しなかったのかしら……」
ローズマリーは、薄ら笑みを浮かべて問いかけた。
彼は、ぐっと目を大きく見開いた。
それから頬を、引きつらせて「な、なにが言いたいんだ?」ととぼけて笑った。
「ねぇ、レジナルド」
「なんだ」
「一度あることは二度あるって言うわね」
「…………」
「周りの人間って……あなたが思っているほど馬鹿ありません」
ローズマリーは、とてもゆっくりとした口調で話をしてやった。
「あなたが考えているほど、思い通りになんてなりません。あなたが思っているほど、劣ってもいません。あなたが、何もかも思い通りにできる特権を持っている訳ではない」
「っ、私は! 妹に君にしたような支配的なことしたつもりは――」
「ベアトリスの腕のあざ、とても痛ましかった。誰がやったのかしら。普通の家庭教師はあんなふうになるまで、たたいたりできない」
「わ、わた、私はベアトリスを、愛してっ、いる」
「ふふっ、はは。あなたの愛情? わたくしを女だからと言う理由で、成績を落とせと言う手紙を送る、愛情?」
「っ…………」
ローズマリーの言葉にレジナルドはいよいよ言葉を失った。
彼の愛情など、あの手紙がそのすべてだ。
愛情というのは盾に使って他人を思い通りにするための道具だと思っているんだろう。
そんな道具をレジナルドが愛情と呼んだって、誰もそうだとは認めない、言葉だけのハリボテだ。
「……レジナルド、あなた改心したと口で言いながら同じことをして同じ轍を踏んだのではない?」
レジナルドの瞳は焦点が定まらない。冷や汗をだくだくとかいて、ただローズマリーの言葉を受け入れる。
「他人を意のままにしようとして、反撃されて突き落とされて……わたくしの時と同じ。今の自分を見てみなさい」
「……」
「あのときから、何も進歩していない。そう今の状況が賢明に教えてくれている。誰かを使って自分がマシになったことを証明しようとしているのに、あなたはずっと同じ場所で足踏みしている」
「…………」
「いいえ……むしろどんどん、後退している? そんな人間に誰が従う道理があるというのかしら?」
「…………、……私は、ただ」
「ただ、当たり前のことをしただけのつもり?」
「……」
「私に言い訳をしたときもあなた同じことを言っていたわ」
おぼつかない彼の言葉を先回りするとレジナルドは黙って唇を震わせた。
「……つまりあなたの当たり前は、周りの誰から見ても他人をおとしめる害悪でしかない」
ローズマリーの声は子供の言い訳を聞いてやる母親みたいに優しくて、言葉はどんどんとレジナルドを追い詰めていく。
「モンティース侯爵家もベアトリスも悪くありませんわ。悪いのってずっとあなた一人だけ」
「ち、ちがう」
「あなたがやったことに対する正しい対応をしただけ。あなたをおとしめているのはずっとあなた……。もういい加減、自分がどんな人間かきちんと現実を見たらいかが?」
問いかけるとレジナルドは、長らく沈黙した。
レジナルドのペースを尊重し、ローズマリーはただ待ってやった。
しばらくして、レジナルドは答えを出す。
「……私は、みち、導いただけだ」
「両親と、伯爵家の使用人まとめて、破滅へね」
「っ!」
「違うと言うなら……違うと思いたいなら、もう二度と、同じことをしない方が賢明ですわ。レジナルド。認められないのでしょう? 今の自分を」
「っ、……」
「わたくしとベアトリスのことを必死に言い訳して、プライドを保っている。これ以上、何も失いたくないのなら、もう、誰もその手で利用しようなどと考えない方がいいわ」
ローズマリーは静かに立ち上がった。
「さもなくば、二度あった出来事が三度目も起こって……あなたは今回以上のものを失う。そうなったらもういよいよ、言い訳ができないもの」
レジナルドはローズマリーを見上げて、放心した様子で震える吐息を吐き出した。
今でさえ、こんなにズタボロになって居て、少しつついただけで崩壊しそうなほどなのだから。
もう二度と、こんなことをしてはいけない。したら取り返しがつかない。
どうせ、爵位返上になるとしても、彼はこれから先も生きていく。そこから先をずっと制御することはローズマリーには難しい。
ならば呪いのようにこれから先脳裏に常に焼き付いて離れないような言葉をレジナルドに与えるぐらいが、ローズマリーのできる唯一のことだった。
数日後、ローズマリーのレジナルドへのできる限りの対応はどうやら無駄であったことを知った。
なぜなら、資産を失うことに納得がいかなかったケンドール伯爵夫婦が国外へと持ち逃げを図ったからだった。
そこに、レジナルドが関わっていたかどうかは定かではない。
しかし、あれほどローズマリーの言葉に怖じ気づいていたのにすぐに行動を起こせるとは思えない。
きっと伯爵夫婦の独断だろう。レジナルドがおとなしくしていたところで、彼を暴走させるまで育て上げた両親もまた家族のことを考えて思いとどまることなどなく自己保身に走ったのだ。
そしてもろとも自爆した。
彼らはすぐに捕まり、レジナルドもそれを支援したとして三人まとめて罪人として投獄された。
もう二度と、レジナルドには他人を利用できる機会など訪れることはない。
ここまで読んでいただきありがとうございました。やっとレジナルドのざまぁにたどり着けました。
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次章は王宮事務院編です。引き続き楽しんでいただけると幸いです。




