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16 存在承認



 ルーファスには、婚約解消の前に最後の交流としてベアトリスを呼び出してもらった。


 家族が熱心にベアトリスのことを管理していたとしても、モンティース侯爵家との調整は最優先事項だ。


 心の整理のためにと言われればそこを拒絶することはない。


 機嫌を損ねれば、ケンドール伯爵家は大打撃を負う。だからこそ、そうすればベアトリスは必ず、誰の監視もなしにルーファスの元へ来ると踏んでいた。


 実際は、二人きりではなく、指定されたモンティース侯爵邸の応接間にはローズマリーも同席していた。


「今日は、ルーファス様と二人きりだと伺っていたんだけど……」


 入ってそうそう、驚いた様子で二人のことを見やるベアトリスは以前よりも顔色が良くなっている。


 手紙の返信でも書いてあったが、きちんと送った水の魔法具を使っているのだろう。


 中級貴族の使用人は下級貴族だったり平民だったりするので、きちんとベアトリスの周りの人が回復してくれるかという心配もあったが、問題なかったようだ。


「すまない、ベアトリス。俺は君に嘘をついてしまった」

「え……」

「だがそれは決して君を嫌いだからではない、話を聞いてくれないか?」

「……は、はい」


 ルーファスのこわばった声に、ベアトリスは少し肩をすくめて緊張した様子で、ルーファスの向かいのソファーに腰掛ける。


 向かい合う彼らは親子と見まがうほどに体格差があり、年齢も離れている。


 しかし列記とした婚約者同士であり、きちんとお互いを尊重している。


 ベアトリスはなぜか同席しているローズマリーのことも注視するが、ローズマリーはこの時点で口を出す気はない。

 

 ……というか、そもそも同席するつもりではなかったのだ。是非二人きりで、本音をぶつけてほしいとルーファスに言ったが、ルーファスに「遠慮はいらない、覚悟を見せる」と言われてしまって同席しているのである。


 どうにもルーファスとはテンポというか、空気感とかそういうものがかみ合ってない気がする。


 が、とにかくローズマリーは素知らぬ顔でそこにいた。


「ベアトリス」

「はい」


 改めてルーファスの声が、ベアトリスのことを呼ぶ。


 ベアトリスは、彼のことを一心に見上げて返事をした。


「……」


 しかしルーファスはすぐには説得にかからない。何からどのように話をしたらいいのか迷っているらしかった。


 その沈黙に、ベアトリスはさらに不安そうな顔をして、たまらずに彼女の方から言った。


「……も、もしかして、婚約を解消したくないって、話、ですか?」


 不安に瞳が揺れ、少し潤む。


「私が無理をしているから、家族の期待に応えられていないように見えるから……?」

「それは、違う」

「違うの?」


 ルーファスは即座にベアトリスの言葉を否定した。


「ああ、まったく違う。……伝え方は、いろいろと考えたんだ。ベアトリス」

「う、うん」

「それでも、君の願望を諦めさせることを俺は、君にしたいとは思えない」


 ルーファスの言葉に、ベアトリスもローズマリーもきょとんとして彼を見た。


 (諦めさせなければ、ベアトリスは家族に捕らわれたままですわ。きちんと説得するために考えておいてほしいと言っておいたのに……)


 まさか途中で心折れてしまったのかと、ローズマリーは意外な気持ちだった。


 これだけの大男なのに案外心はもろいのかと。


「そうではなく、君に俺はわがままを言いたいだけなんだ」

「わがまま……」

 

 ルーファスの言葉にベアトリスはぽかんとして、ローズマリーはどういう意図かとギラリと視線を鋭くして、話を聞いた。


「君の願いは……素晴らしい。家族に認められること、それは君が自分自身を認めてやれる、いい機会になるはずだ」


 (家族に認められることがベアトリスが自分をことを認めてあげられる機会……ですか)


 ローズマリーにはなかった視点だ。ルーファスの解釈が間違っていないか確認するためにベアトリスを見ると彼女は深く頷いた。


「その願いを諦めずに願い続けて機会をつかんだ。それも喜ばれるべきことだ。素敵だ」

「うんっ」

「ただ、俺は、ベアトリス」

「……はい」

「俺はそんな君をすでに愛しく思っている。そういう必死で真剣な姿を誰より認めていたから、婚約を申し込んだ」


 ルーファスは、目を細めてとても優しい声で語りかける。


「褒められなくても認められなくても前向きで、かわいらしくて、キレイな目をしていて」

「……」

「ずっとそばにいたいと思った。いてほしいと願った。今更わがままかもしれないが、俺は、君でなくてはいけない。誰よりも、認めていてすでに誰より愛してる」


 ベアトリスは自身のドレスの裾をきゅっと握ってそれからそっと、自分の腕に触れた。


 力を込めたから痛んだのか、それとも別の理由だろうか。


「君は十二分に、もうずっと俺にとって素敵なレディだ。……でも君は俺と寄り添うだけでは家族に認めてもらうよりも、ずっと自分を君が認めてやるのに時間がかかるかもしれない」

「……うん」

「でも、俺は君と一生そばにいたい。頑張り屋でかわいい君と添い遂げたい。俺のわがままだとは、理解している。君は家族を選んだんだ」

「……」


 ルーファスの言葉に、ベアトリスは言葉を失って、ゆっくりとうつむく。


「それでも俺は、自分勝手でも君をそばに置きたいと願うほど、認めてる。誰より、手放したくないんだ」


 ベアトリスはくっと、口を引き結んで、潤んだ瞳の揺らめきが大きくなる。


 顔全体にシワがよって赤みを帯びていた。


「大人のくせに、わがままを言って済まない。ただ、それほど、君が大切だ。ベアトリス。君が、家族に認められるためにどんな痛みも苦悩も堪えられるのだとしても、俺は大切な人がそんな目に遭うことを心底許せない」

「……ぅ……っ……」

「こんな俺を許してそばにてくれないか、ベアトリス」


 ベアトリスは小さく震えて、自身の腕を強く握っていた。


 涙がとめどなくあふれてくるのを必死に堪えていて、ルーファスがベアトリスのそばにより、隣に腰掛けて頭をなでると「わぁぁ!!」と声を上げて泣き出した。


 しゃっくりをあげながら泣き続けるベアトリスに、ルーファスは少し戸惑いつつもそばにいてやる。


 何はともあれ、ベアトリスの心に、ルーファスの願いや気持ちは届いたのではないだろうか。




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