14 複雑
「聞きまして? セオドア」
「先日の王都でのパーティーのお話!」
「事件ですわ!!」
セオドアは、教室に入った途端に詰め寄ってきた女子三人に面食らって立ち止まった。
「お、なんだなんだ」
後ろから、ともに登校してきた友人のサイラスが興味津々とばかりに問いかける。
「サイラスも聞きなさい!」
「事件ですわ!」
「ケンドール伯爵令息がローズマリー様に接触したのよ!」
「! それって……」
セオドアはケンドール伯爵令息と言われて一瞬ピンと来なかったが、すぐにローズマリーの元婚約者レジナルドであることがわかる。
そんな彼とローズマリーが接触した。
それは、ただの偶然かもしれないがセオドアに取ってはゆゆしき事態である。
と、認識したが、教室のドアの前でこんなふうに立ち止まっていては迷惑だ。
「……それは、たしかに気になるけど。机の方に行こう」
「そだな」
「まぁ! セオドアはローズマリー様のことが心配じゃないの!?」
「薄情ですわ!」
「せっかく情報を持ってきましたのにっ!」
女子たちは口々に不満を口にするが、セオドアは顔に出さないだけで、この三人の誰より不安なのである。
それでも、彼女たちほど、感情を表に出すことはできない。
今はまだ、ローズマリーとの関係は口約束にすぎず自分が我が物顔でローズマリーのことについて語るのは控えるべきだ。
彼女たちは女の子で、セオドアは男なのだから。
そのあたりは、差があって当然。
ローズマリーの前では、隠しきれずバレバレの行動を取ってしまうことも多いけれど、それ以外ではきちんと節度を保って学園生活を送っている。
しかし、素直な彼女たちがうらやましくなるときもある。
(僕が女の子だったら、この中に混じって、ローズマリー談義で盛り上がれるのに……)
考えつつ、サイラスが動いて次に、セオドアが続く。
その後ろから、彼女たち、イーディス、シェリル、クロエが教室の中へと移動した。
それから改めて、クロエが言った。
「それで、なにもケンドール伯爵令息に会ったことだけが、事件だと言っているわけじゃありませんの。その後すぐに、ケンドール伯爵令息とともにいた、ケンドール伯爵令嬢が倒れたのです!」
「軽い貧血だったとわたくしは情報をもらいましたわ」
「介抱したのはほかでもないローズマリー様! これはどういうことなのかしら?」
クロエの言葉に、シェリルとイーディスが続き、それぞれ首をひねる。
彼女たちの表情はとても真剣で、それぞれが、ローズマリーに恩があり彼女のことをこれでもかと慕っている。
具体的に言うと、一年生の序盤の頃に魔法学の勉強において行かれそうになっていた彼女たちにローズマリーは自身の勉強の合間に根気強く基礎を教えてやっていたのだ。
魔法学園の一年生というのは、実家から解放され自分の楽しみに時間を使ったり、学園街に降りたりと様々な娯楽があり、他人の勉強の手伝いなどする人間はいない。
しかし、ローズマリーは入学当初から、大体図書室にこもって勉強をしていたのでそんな彼女に軽い質問をする人が現れ、クラスの中でいつの間にかローズマリーは教師と同じ立ち位置にいた。
それは不思議なことであったけれど、今思えば学生として楽しむことがローズマリーの本分ではなかったからだと説明がつく。
「伯爵令息の汚点でにっちもさっちもいかないのが哀れになって、手を貸した?」
「ただの気まぐれかしら?」
「それとも、ケンドール伯爵令息を見直して、手助けを?」
「別にたいした意味ないんじゃね」
「黙りなさい、サイラス」
「雑な男ですわ」
必死になって頭をひねる彼女たちに対して、サイラスは適当なことを言った。
途端に非難され、サイラスは、目を大きく見開いて納得いかないような顔でセオドアを見やる。
その一連の流れに、セオドアは苦笑し、それからセオドアも彼女たちの会話に加わった。
「……どうだろうね。……見直すとかあるのかな」
「でも、見直したと言うならば筋が通りますわね。気まぐれや哀れみよりも」
「それもそうですわね。わたくしたちはケンドール伯爵令息に会ったことがないもの。改善の余地がないほど屑かどうかはわかりませんわ。ローズマリー様への仕打ちをわたくしは許しはしないけれど」
「そうですわね。ローズマリー様への行いは最低ですけれど、ローズマリー様がお許しになって、手を貸すとしたらわたくしたちが文句を言ってもしょうがないわ!」
彼女たちは、セオドアにあれほど詰め寄ってきたと言うのに、結局自分たちの中でしっくりとくる答えを見つけて、顔を見合わせて頷く。
本人がいない上に、ここは学園、王都からずいぶん離れていて、詳しい情報もわからない。
結局、自分たちで答えを作り出すことしかできないのだ。
「であれば、やはり新しい婚約者候補の選定は野暮?」
「嫌ですわ! わたくしローズマリー様の親類になりたい!」
「あなた、欲張りすぎですわ!!」
「義理でいいからローズマリー様のことをお姉様とお呼びしたいの!」
「ローズマリーお姉様……素敵な響きね……」
「わたくし、弟しかいませんわ!」
しかし、答えは出るどころか話はどこまでも脱線していく。
例によってセオドアはその話に参加することができない。
本当はちょっぴり参加したかった。ローズマリーお姉様という響きは確かに素敵だとか、親類になりたいという言葉に同意したかった。
けれどもそうはいかない。節度というものがある。
だから彼女たちと同じ立場で話ができないが、言えないだけで、彼女たちと違ってセオドアが男である故に、ローズマリーはセオドアの手を取ってくれたという事実も存在している。
ローズマリーはセオドアと一緒にいてくれると言った。
この間は手も握ってもらった。
それは、彼女たちのささやかな願望をすっ飛ばして、ローズマリーを独り占めできてしまうということで、セオドアは彼女たちと同列ではない。
しかし、セオドアの気持ちは同列かそれ以下に近かった。
ローズマリーが学園にいたときと変わりなく、彼女のことを女子たちのように好きだと口にすることができなくて、心の中で憧れているだけ。
それが、セオドアにローズマリーの甘い言葉やささやかな逢瀬の現実味をなくしていた。
遠い夢だったような気がしてきて、セオドアの気持ちは酷く複雑だった。
「親類になれたら定期的に会えるのに」「身近な親族として彼女のことを呼びたい」とも口にできない、セオドアは日陰者で、太陽の真下でキラキラと輝くローズマリーの隣に自分がいる気がしない。
「……」
ローズマリーの言葉を信じているのに、日常生活を送っているとどうしても不安になってしまう。
「落ち着きなさい! とにかく、それでもお相手を紹介するぐらいいいじゃありませんの!」
「そうですわ! 一度最低なことをして改心した人間よりも一度も最低なことをしていない善良な人間だったら素晴らしいは後者ですもの!」
「その通りですわ!」
そうして彼女たちは結論を出した。セオドアは、きちんと取り繕った笑みを浮かべて「いいんじゃないかな」と短く言ったのだった。




