13 協力
ローズマリーは一旦ルーファスとベアトリスと別れて、兄と帰宅した。
すぐさま、救い出すことは難しいが、ベアトリスのことを考えると、できるだけ早く動く必要がある。
そしてそのためには、ルーファスの協力も不可欠だ。
しかし、今から自然な形でルーファスと面識を持つような手間と時間はかけられない。顔が広いアルフレットの力を借りる方が効率的だろう。
あまり社交性が高くないローズマリーに比べて兄は顔が広くて、同世代で身分が近い人間は大体兄の知り合いなのである。
きっとルーファスのことも知っているだろうと考えて、夕食後に兄の部屋へと向かう。
そうしてできるだけ遠回しにルーファスとできる限り早く話をしたいと伝えた。
「……」
「……」
「……」
兄は真顔で考えて、それから、ニコッと悪い笑みを浮かべてからローズマリーに言った。
「キスしてくれたらいいぞ」
いいながら自らの頬をトントンと彼は指さす。
どうやらこの間、ローズマリーが親愛のキスを返さなかったことを根に持っているらしい。
「気がつかないと思ったか? ローズマリー、わざわざ回りくどい言葉ばかり選んで……かわいく微笑んだりして、バレバレだ。俺の力を借りたいんだろ?」
「…………」
「なら、兄に信頼を示さないとな? かわいい妹として、おねだりしているんだから。お前の兄様は優秀だからな、誰に頼るよりずっと早いぞ。ほら、早くしてくれ俺も暇じゃない」
アルフレットは心底楽しそうに笑って赤毛がさらりと揺れる。
そんな状況ではないと言うのに、ベアトリスのことなどどこ吹く風だ。どうでもいいのだろう。
兄にとっては、妹を困らせて揶揄うのがなにより重要なのかと思うと、ローズマリーはやっぱり兄のことが好きになれない。
しかし、有能であるのもまた事実。彼が兄であることによる恩恵をローズマリーが望んでいるのだから、ローズマリーが兄を拒絶して恩恵を得るのは筋が通らない。
仕方なく、ソファーを立ち上がり彼のそばへと向かって、肩に手を添えてキスをした。
「……ついでに抱きしめていいか?」
「許しません」
「はー、兄様は寂しいぞ」
「いいから、ルーファス様とのお茶会をセッティングしてくださいませ」
「わかったよ」
そうして会話を終えると、アルフレットはさっさと部屋を出て行き、それから数日後に、メイスフィールド侯爵邸でお茶会が開かれた。
ルーファスとローズマリーの二人きりのお茶会だ。
ルーファスは現在婚約破棄を前提に調整を進めている方向なので、その段階で、新しい相手を探すために女性と二人きりで会うことは、何らおかしいことではない。
しかし、彼自身がベアトリスから気持ちが離れていないとローズマリーと二人きりのお茶会など、断られてもおかしくない。その状況でお茶会をねじ込んだアルフレットの手腕はやはり素晴らしいものだろう。
あの性格でさえなければ、そう考えずにはいられないローズマリーだった。
「ローズマリー嬢、単刀直入に言わせてもらうが、俺はまだ、新しい相手を探し意欲的に関係を築こうと考えられる心情にない」
メイスフィールド侯爵邸の応接室にて、ルーファスが挨拶を追えてすぐに言った言葉はそれだった。
「アルフレット殿から、君の優秀さについては聞いているし、なによりアルフレット殿の大切な妹君だ、気持ちを無碍にはしたくないが、自分の心に嘘はつけない。申し訳ない」
続けて言われた言葉に、ローズマリーはすっかりルーファスに振られてしまった女性のようになってしまい、正直不服であった。
けれども兄に無理を言ったのは自分であり、状況的にはルーファスの言葉は誠意あるもので正しい判断だ。
それに、それだけベアトリスのことを思っていると言う証拠でもある。
作戦が成功する可能性が高くなる良い反応だが、不服であることに変わりはなく、気持ちを落ち着けるためにローズマリーはふう、と息を吐き出した。
そしてそれから、気を取り直して背筋を伸ばした。
「…………ええと……そう、ですわね」
「ああ、すまない」
とにかく事情を説明しようと考えたが、ルーファスが肩を落として神妙な顔をしているので、ローズマリーが何を言っても振られた女の強がりの言い訳になってしまいそうで、苦々しい気持ちだった。
それでも頭を回して言葉を紡いだ。
「ルーファス様」
「ああ」
「状況的にはあなたの言葉は正しく……誠実なもので、あり…………そうですわね。もういいです、こちらも単刀直入に言わせていただきます」
「おう」
「ベアトリスのことを、心から救いたいとお思いかしら?」
ローズマリーは小首をかしげて問いかけた。
すると彼は、きょとんとして、よく見るととても優しい顔つきをしている。
お互い座っていて目線が近いからだろうか。
先日パーティーで見かけたときには、威圧感を覚える大男としか思わなかったが、目線を合わせると印象が変わる。
「……どういう意図の質問かわかりかねる」
「とぼける必要はありませんわ。わたくしは、根っから問題に関わりのない他人というわけではありませんもの。レジナルドの元婚約者であり、彼を跡取りの地位から追い落とした経緯があると言えばわかっていただけるかしら」
「! ……なるほど、そうか、君が」
「ええ、ですから、レジナルドが跡取りの地位から退いたしわ寄せがどう出ているのか、ベアトリスの状況はわたくしとも関係があるのです」
ルーファスは合点がいった様子で、ローズマリーの言葉に深くうなずく。
「その上で、先日ベアトリスから話を聞き、見てわかるとおり、彼女の酷い状況を知りましたわ」
「やはり、無理を強いられているのか? ……情けない話だが、俺が踏み込もうとしても、ベアトリスは大丈夫の一点張りで」
「そうでしょうね」
「俺は……昔から彼女と接していて、彼女に家族に認めてもらいたいという願いがあるのを知っていた……だからこそ機会が回ってきたことに俺もはじめは喜んで、ベアトリスのためならば喜んで身を引こうと話をしていたんだ」
ルーファスの表情は後悔の一色に染まっていて、強く拳を握って手が白むまで力を込めている。
「しかし、今の状況は明らかに異常だ。あんな子供に過剰な期待を寄せて、あんなになるまで酷使して……っ、あのときの浅慮な自分を殺してやりたい」
「……」
「あのとき、否が応でも結婚したいんだと、ベアトリスを説得していれば……っ、すでに和解金の支払いの話まで進んでいる。差し止めるには、証拠も本人の意思も足りていない」
ローズマリーはやはりと思い、小さく息を吸った。
そこまで話が進んでいることは想定内だ。そしてそうだとしても、今からできることは確実にある。
ベアトリスから詳しい情報を聞けていないルーファスでは、決断できないことだろうが、それでも正しい文脈でベアトリスを救い出す方法は、残されている。
「……心から救いたいか? と言ったな、ローズマリー嬢」
「はい」
「もちろん、そう願っている。しかし、手段がない」
「……わたくしはそうは思いませんわ。ルーファス様」
「……本当か?」
「はい。誓って。……しかしそれには、もう一つ、条件がある。それは、あの子の気持ち」
「……」
「あの子の心が家族に執着していては難しい、あなたはあの子を家族から引き離すことができますか?」
問いかけるとルーファスはすぐに答えようとしてから、思い直して少し言いよどむ、それから目をつむって長考した。
そうすることによって、想定できる様々なことを加味しているのだろう。
それは多くの領民を背負う跡取りの貴族としてとても重要な素養だ。
「……できる、かどうかはわからない。それでも、彼女を救いたい。ローズマリー嬢……頼む、手を貸してはくれないか」
「もちろんですわ」
そうして出された結論にローズマリーは小さく微笑んで返したのだった。




