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“それ”が知りたくて

「お嬢様ぁ!」

遠くで聞こえる喜伊さんの声。


「喜伊さん! ここだよ!」

声の方に向けて叫び返す。


「お嬢様!」


遠くで、喜伊さんの姿が見えた。


髪を振り乱し、泥だらけになった服。

その手も、泥で黒く汚れていた。

私を探して、瓦礫を幾度も掘り返したのだろう。

喜伊さんは私の姿を見て、より一層その顔が悲痛に歪む。


その姿に、私の胸も強く痛む。


徐々に喜伊さんが近づいてくる。

慌ただしく行き交う人をかき分けながら。


ふと、その中で一人の男だけが何事もなく歩いていた。


どこにでもいる顔。

特徴のない男。

なのに。

なぜか、目が離せない。


慌ただしい群衆の中で、その男だけが迷いなく真っ直ぐこちらへ向かってくる。

喜伊さんはその男に気づいていないのか、目に入っていないのか、追い抜いた。

そのまま私のもとへと駆け寄ってくる。


その違和感は群衆に押し流される。

私は、誰を、何を見つけたのだろうか?

その疑問さえも、流されていく。


だけど、私の中の何かが、それを忘れてはならないと警鐘を鳴らした。

覚えていないのに、忘れてはいけないと思った。

その奪われたような記憶の細い糸を、手繰ろうとする。


「しらせ、あかり……」


地面に横たわったマリオネットの腕が、ゆっくり上がる。

震える腕。

だけど、迷うことなく。

マリオネットが、群衆の中の一人を示す。


「あれ、が……」


もう、十メートルもないほど、近くにいる男。

ここまで近づいているのに、なぜ気づかなかったのか。


どこかで見た、顔。

さっきもいたのだろうか?


手にはナイフ。

だけど、恐怖も、危機感も感じられない。


ただ、そこにいるだけの人。


その違和感を探ろうとした、その瞬間。

父さんの最期が脳裏をよぎった。


立ち尽くす、父さん。

胸に刺さった折れたナイフ。

地面に広がる血。


そして───。


胸がざわつく。

理由は分からない。


───でも。


分かってしまった。

まるで奪われた記憶が、取り戻せたように。


「喜伊さん!」


叫ぶように喜伊さんの名前を呼ぶ。

喜伊さんは驚いたように、駆け寄る速度を緩める。


マリオネットの指す方向に、重ねるように私も指さした。


息が震える。

それでも目を逸らさない。

指先も、震わせない。


───もう、私からは奪わせない。


「あいつを───」


喜伊さんの視線が、私の指先を追う。

その目が、鋭く細められた。

まるで、私がこれから言う言葉がわかるように。

喜伊さんは振り向きざまに、懐からシェフナイフを抜いた。


「殺して!」


弾かれるように、喜伊さんがその男に襲いかかる。


手に持ったシェフナイフで、男の首を裂いた。

抵抗らしい抵抗もなく、男は首から血を吹き出しながら、倒れていく。

その顔は、恐怖ではなく、ただ不思議そうな顔だった。


その顔を私は見つめる。

もう二度と、忘れてなるものかと決意しながら。


べしゃりと、自らの血の海に倒れ伏す男。

その最期を見て、私の背中から重い物が無くなったような不思議な感覚があった。


「うっ」

それと同時に喉奥に込み上げてくるもの。


堪え切れず、地面へと吐き出した。

おびただしい血が混じった吐瀉物。

気づけば、私の足元には血だまりが広がっていた。

お腹の傷に触れるが、もう痛みすらなかった。

口元を腕で拭いながら、顔を上げる。


喜伊さんは不思議そうな顔をしながら、手に持ったシェフナイフと、自らが殺した相手を見つめる。


視界が滲む。

嬉しい?

少し、違う。

達成感?

それも、違う。

虚しさ?

分からない。


ただ感情が、私の胸の中で暴れ回る。


「あああぁぁ!」


それを吐き出すように、私は泣き叫んだ。

感情を制御できない子供のように。


───父さん。


私は、やった。

やってしまった。


瞼の裏に父さんの姿が浮かぶ。

父さんの顔は、悲しげな表情を浮かべていた。


「しらせ あかり」

マリオネットの声に、我に返る。


「やったね」

ぎこちない、口を歪めた笑み。

もう、胸のランプは消えかけていた。


「あ───」

その結末に満足したように、マリオネットの目がゆっくり閉じられていく。


「わたしは、しりたかった。それが、すこし、わかった、きが、する……」

「マリオネット!」


もう、マリオネットは何も反応を返さない。

ただ、その顔は満足そうに微笑んでいるように見えた。


マリオネットの腕を両手で握り締める。

「マリオネット、ありがとう。おやすみ───」

私の目から零れた涙が、マリオネットの顔に落ち、滑り落ちていく。

まるで、マリオネットが涙を流すように。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

人知れず奪っていく者、その毒牙が灯へと迫っていきました。

それをマリオネットが感知し、灯は初めて自身の本当の敵を認識することができました。

今まで避けていた、喜伊への明確な殺意の命令。

それを下し、実行されたことにより灯の中の張り詰めた糸が切れる瞬間でもありました。

マリオネットも最後は、自らの意思で考え、行動し、満足そうに舞台より降りていきました。


さあ、いよいよ終幕です。

長くも短く、語り部の少ない物語。

最後まで楽しんで読んでいただけると幸いです、

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