籠の外へ
意識がゆっくりと覚醒していく。
鈍く痛む頭。
視界は揺らぎ、辺りがよく見えない。
何度か瞬きをするが、それでも視界がはっきりとしない。
暗く、淀んでいて、一寸先も見えない。
ひどく埃っぽく、呼吸をすると咳き込みそうになった。
「うぅ……」
体中が痛み、思わず呻き声をあげてしまう。
節々が痛み、体を上手く動かすことができない。
「なにが……」
顔を拭おうと、手を目の前に出すが、その手さえよく見えない。
私の目がおかしくなったのではない。
ここが、光の差し込まない空間なのだ。
「真っ暗、なの?」
手を目の前に近づけて、やっと輪郭が見えるほどの暗闇。
「たしか、すごい揺れがあって、天井から」
そう、大きな瓦礫が落ちてきた。
状況を整理するように呟きながら、手を周囲に動かす。
ふわりと、なにかが手に触れる。
さらさらとした、なにか。
手繰るとそれは、真上から伸びているようだった。
それを手繰っていくと───。
「え?」
柔らかな感触。
思わず手を引っ込める。
もう一度恐る恐る、それに触れる。
柔らかく、縁は曲線を描き、その中心には少しこりっとした触感。
だけど、柔らかな感触の奥に、金属的な固い感触もある。
「もしかして、マリオネット……?」
身をよじる。
顔の輪郭を確かめるように触り、首元、肩へと確認する。
「そんな───」
マリオネットは私を庇うように背中で瓦礫を受け止めてくれている。
膝立ちのような恰好で。
「マリオネット!」
暗闇の中、私の声だけが狭い空間に響く。
「───ッ!」
途端、体に走る激痛。
左下腹部の辺りが、焼かれたように熱く痛む。
手を当てると、ぬるりとした感触と、なにか固いものがある感触。
瓦礫だろうか。
それが私のお腹に刺さっている。
「マリオネット、マリオネット……」
痛むお腹を押さえながら、名前を呼び続ける。
すると、目の前に小さな赤い光が灯る。
傷によって露出した、マリオネットの胸元から。
次いで緑色の小さな明かり。
「あぁ、うそ……」
その仄かな明かりに朧気に見えるマリオネットの姿。
マリオネットは膝立ちをしているのではなかった。
腰から下はズタズタに損壊し、もはや原形を留めていなかった。
それでも私の前に立っていた。
両腕の肘から先は無くなってなお、私を庇うように腕を広げている。
顔の半分は瓦礫が押しつぶしたようにえぐれていた。
「そんな───」
言葉が出ない。
その代わり、目から涙が溢れる。
その代わり、マリオネットの頬を何度も撫でる。
マリオネットの想いが、私の胸を締め付ける。
嬉しくて。
悲しくて。
愛しくて。
「しらせ、あかり……」
小さな駆動音と、ノイズ交じりの声。
「大丈夫?」
痛みを和らげるように、マリオネットの頬を撫でる。
痛みなど、感じていないのかもしれない。
だけど、そうせざるを得なかった。
「だい、じょう、ぶ」
たどたどしく、今にも途切れそうな声で応えてくれる。
「しらせ あかり、は?」
「私は、大丈夫よ。マリオネットが守ってくれたから」
とっさに、マリオネットに見えないように手で傷を隠した。
「よか、った」
暗闇の中。
小さな明かりがマリオネットの顔を照らす。
たぶん、影の加減でそう見えただけだろう。
だけど、私にはマリオネットが笑ったように思えた。
「たすけないとって、おもったから」
その瞳は柔らかく、光が滲んでいた。
「しらせ あかりを、たすけ、られて、よかった……」
徐々に小さくなっていく、マリオネットの声。
マリオネットの中で明滅する明かりも、少しずつ小さくなっていく。
まるで、命が燃え尽きるように。
「ダメよ! まだダメ! 一緒に助からなきゃ!」
私は体の向きを変え、辺りを見渡す。
ちょうど向いた先に、仄かに光が漏れているのが見えた。
その光を広げようと、瓦礫を少しずつ退けていく。
指の先が破れ、爪が剥がれていく感覚。
お腹の傷から、血がどくどくと漏れ出る感覚。
激しい痛みに顔を歪めながらも、私は手を止めない。
マリオネットを、このまま死なせたくなくて。
「私達は助かるのよ! 私と一緒に外へ出よう!」
マリオネットの意識を途切れさせまいと、できる限り大きな声で呼びかける。
「そ、とへ」
「そう、外へ!」
瓦礫を少しずつかき分けていく。
徐々に明かりは大きくなっていく。
「でも、わから、ない。そとにでて、どうすれば、いいか」
「出てから、一緒に考えればいいの。私と一緒に」
自らの血で滑る瓦礫を掴んでは、横に退けていく。
「いっしょに……」
「だから、生きるのを諦めないで!」
やっと、私一人は通れそうなほど穴は広がった。
「いきる……」
いつもなら「よく、わからない」と首をかくりと傾げるのだろう。
だけど、マリオネットの呟いたような声は、その言葉を噛み締めているようだった。
背中でマリオネットの声を聞きながら、穴から外へ顔を出す。
眩しい光が、私の目を焼く。
くらくらとする視界の中、何度か瞬きをして周囲を見る。
ビルだったそこは、もう原形をとどめていないほど崩れていた。
柱が何本かあり、それが辛うじて枠組みを支えている。
遠くでは多くの人が、何かを叫びながら行き交っている。
這いずるように外へ出て、穴の中へと手を伸ばす。
「さぁ、マリオネット。ここから出よう」
マリオネットの瞳が私を見つめる。
眩しそうに、目を細めて。
「しらせ あかり」
肘だけになった腕を、私に伸ばす。
それを私は掴み、外へと引っ張る。
ガラガラと、マリオネットが支えていた瓦礫が崩れる音がする。
「早く、崩れる前に───!」
痛む下腹部。
口の奥に血の味まで滲んできた。
ずるずると這いずるように、私の力を借りてマリオネットは外へと出た。
明かりの中で見るマリオネットは、暗闇で見るよりひどくボロボロで、動いているのが不思議なほどだった。
「よかった、出られたね」
それでも、あの暗闇から二人で抜け出せたことに、安堵し口元に笑みが浮かぶ。
それを不思議そうにマリオネットは見つめる。
「ありが、とう」
えぐれ、欠けた顔でお礼を言うマリオネット。
その顔は今まで見たマリオネットの顔の中で、一番穏やかだった。
「うん、どういたしまして」
そっと、マリオネットの頭を撫でる。
マリオネットは、その手を嫌がることなく、くすぐったそうに目を細めた。




