燎原の火に嗤う
朽ちたワイヤーフェンスの中、荒れた広場を壇上として、踊り狂う二人。
一方は荒く激しく、もう一方は鋭くも静かに。
何度も交差し、削り合い、血飛沫を舞わせながら、壇上を彩っていく。
観客のいない舞台で、二人の音だけが響く。
楽しそうに。
嬉しそうに。
この踊りが永遠に続けと、希うように。
二人は交わる。
しかし、徐々にその趨勢は傾いていった。
「どうした、イグニス! もうへばったのか!」
イグニスが徐々に受け流すことができなくなり、細かい傷が増えていっている。
「───くっ!」
涼しい顔を保っているが、額には汗が滲み、レッドキャップの言葉に言い返すこともできずにいた。
突き出されるレッドキャップのナイフ。
それをイグニスは巻き上げようとするが───。
「うっ!」
巻き上げきれず、そして躱し切ることもできず、ナイフは胸元を裂いていく。
ぐらりとイグニスの体が揺れる。
「隙だらけだ!」
追撃で振り下ろされたレッドキャップの手斧が、イグニスの肩にめり込む。
鎖骨を砕き、さらにその奥へと。
痛みと衝撃のあまり、イグニスの手からレイピアがこぼれ落ちる。
その隙を逃さず、レッドキャップはイグニスの首へとナイフを滑らせた。
その瞬間、レッドキャップはイグニスと目が合った。
イグニスの苦痛に歪む表情。
口は痛みで歪みながらも、その目はまるで全てを受け入れているようで───。
イグニスの首元を裂く寸前で、ナイフの刃は止まる。
レッドキャップの奥歯が噛み締められ、激しく鳴った。
「お前、今救われようとしたな───」
「レッドキャップ……」
その言葉にイグニスの表情が曇る。
「それは、つまらねぇな」
イグニスの肩口に食い込んだ手斧を乱暴に引き抜く。
苦痛に呻きながら、イグニスは肩を押さえ、膝をつく。
「まだまだだろ」
血濡れた手斧とナイフをだらりと下げて、挑発するようにレッドキャップは笑う。
「もっと、アタシを楽しませろ。欲望に身を焦がし───アタシを追い求めろ!」
レッドキャップの叫び声と共に、逆手に持たれたナイフが、イグニスの顔を浅く引き裂く。
顔を押さえ、蹲るイグニス。
「レッド、キャップ……」
イグニスは顔を手で押さえながら、血の溢れる指の隙間から、レッドキャップを見上げる。
「ヒヒッ、良い面構えになったじゃねぇか」
血の滴るナイフの切っ先をイグニスに向ける。
「さぁ、また追いかけっこをしようぜ。その傷が疼くたびに、アタシを思い出せよ」
口を大きく歪め、楽しそうに笑うレッドキャップ。
イグニスは、それを眩しそうに見上げる。
ただ、その瞳は儚いものを見るように揺れていた。
「ダメなんだよ、レッドキャップ……愛しいボクの赤いコイフ。もう、次はないんだ」
イグニスの言葉に、レッドキャップは訝しげに眉をひそめる。
不意に、何かに気づいたように辺りを見渡す。
何かの痕跡を探るように。
不穏な空気を嗅ぎつけるように。
ひゅるるる、と遠くから風を切る音。
それは徐々に近づいてくる。
「あぁ? なんだ?」
レッドキャップは音の方向を向き、目を細める。
なにか、飛んでくる。
放物線を描きながら、拳より少し大きそうなそれが───。
突如、レッドキャップの頭上で弾けた。
まるでパッと空に炎の花が咲いたかと思うと、炎の塊が降り注ぐ。
レッドキャップはそれを躱そうと動く。
だが、雨粒を避けられないように、炎の花が落とした花びらに触れてしまった。
炎の花びらと呼ぶには苛烈で悪意を伴ったそれは、レッドキャップの体を瞬く間に燃やし始めた。
「人の悪意は際限がないね」
イグニスはよろよろと巻き込まれないように離れていく。
「どうやら、あの男は相当キミの踊りが気に食わないらしい」
イグニスは笑う。
その笑みは、それを指示した者に向けての冷笑のようだった。
「できることなら、ボクはキミの手で殺されたかった」
レッドキャップは炎に包まれ、悶えるように地面を転がる。
そんなレッドキャップに追い打ちをかけるようにまた一つ、緩やかな放物線を描きながら、炎の花が空中に咲いた。
「そして、叶うことならボクのこの手で、キミを摘み取りたかった」
まるで念を押すように、何度も頭上に無慈悲な花が咲く。
荒れた地面には、炎が草原のように広がっていった。
その中心にいるレッドキャップの姿は、炎に包まれもう見えない。
「だけど、キミのパートナーとなるにはボクは力不足だった」
痛む体を引きずるように、イグニスはその場をゆるゆると離れていく。
それと入れ替わるように、銃を携えた部隊が炎を取り囲んだ。
ボディーアーマーに身を包み、顔はヘルメットで見えない。
腕の隊章をチラリと横目で見て、イグニスはため息をついた。
「……無粋なカーテンコールだ。こんな結末、だれも望んでいない」
その溜息には侮蔑の色が滲んでいた。
バチバチと、炎が爆ぜる音。
一際燃え盛る中心に動くものはいない。
それでも、周囲を囲む部隊は警戒を緩める素振りはない。
それはレッドキャップという存在の恐ろしさを知っているからだろう。
遠巻きに見つめられる中、突如燃え盛る炎の中から塊が飛び出してきた。
「ハハハハハハハハハッ!」
辺りに響く笑い声。
炎に喉を焼かれたのか、その声は地を這うように低く、しゃがれていた。
そう、まるで地獄から這い出てきた悪魔のような声だった。
「やるじゃねえか、クソども!」
まだゴォゴォと燃え盛るその塊から聞こえてくる。
人の形を保ってはいるが炎の勢いは激しく、レッドキャップの姿は見えない。
「それでこそ殺し甲斐がある!」
それは意志を持つ炎のように、取り囲む部隊へと襲い掛かっていった。
部隊は一斉にレッドキャップへと発砲する。
まるでピアノの激しい連弾のように、けたたましい音が辺りに響く。
銃弾に貫かれながらも、レッドキャップの動きは止まらない。
何がそれを動かすのか。
何がそこまでさせるのか。
憎悪なのか、歓喜なのか。
怒りなのか、苦しみなのか。
それはレッドキャップ本人にさえも分からない。
ただ、衝動が突き動かす。
全てが憎く。
全てが楽しく。
悲しく。
嬉しい。
初めて自分の足で歩けるようになった赤子のように。
無邪気に地を這う虫を潰す子供のように。
どうしようもない憤りを抱えて生きる大人のように。
それは全てを抱え、炎の塊は躍動し、眼前にある命を刈り取っていく。
その光景を見て、イグニスの体がぶるりと震える。
「そうだ、それでこそキミだ───ボクの愛しい赤いコイフ」
瞳は潤み、頬は紅潮し、歓喜の吐息が口から漏れる。
「あぁ、あぁ! なんて美しい……」
地面に膝をつき、まるで眼前に女神でも降臨したかのように、イグニスは感動に身を震わせる。
「そして、なんて儚いんだ……」
イグニスの目から涙がこぼれた。
見ていられないように、イグニスは立ち上がり、その場に背を向ける。
「あぁ、レッドキャップ──────ボクの愛しい赤いコイフ……」
うわ言のように、呟きながら。
よろよろとイグニスは舞台を降りていく。
その結末が分かっているように。
その結末を見たくないように。
レッドキャップにつけられた顔の傷を、愛おしそうに撫でながら。
レッドキャップが動くたびに、黒い塊がポロポロと足跡のように落ちていく。
それは人として死ねないのか、灰となって消えゆく運命なのか。
体を、命を削りながら。
感情のままに。
思うがままに。
その場にいるほとんどの命を刈り取っていきながらも、大きな炎の塊は徐々に徐々に小さく薄くなっていく。
ボディーアーマーに身を包んだ者達をすべて殺し終わると、ぴたりと止まった。
「なんだよ、もう終わりかよ」
まるで公園で遊ぶ時間が終わって解散する子供が惜しむような声。
「つまらねぇな」
先ほどまでの炎が嘘のように、火の勢いが失われていく。
「くそつまらねぇ」
ふてくされた声。
黒い灰のような塊がボロボロと炎の足元に積もっていく。
「やっと面白くなってきたのによ……」
その言葉が言い終わると同時に突風が辺りを吹き抜ける。
ろうそくを吹き消すかのようなその風は、炎を消し飛ばし、黒い灰の塊をも吹き飛ばした。
まるで、最初から何もいなかったかのように炎も、黒い灰のような塊も、風が運んでいった。
ただ、死屍累々の光景だけが、それが現実であったことを物語っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
喜伊に「死ぬことが想像できない」と言われたレッドキャップ。
飄々としていて、作中でも特別な立ち位置、存在であったと思います。
レッドキャップは、この物語において道化のような存在であり、ゲームマスターのような存在でもあり、そっぽを向きながらも灯の手を引いてあげるような存在だったと思います。
多くを語られずとも、彼女は彼女らしく生き、彼女らしく幕を下ろしたなと、感じていただけたのではないでしょうか。
さて、仲間が一人、また一人と欠けていく中。
灯は、喜伊は、どうなっていくのか。
まもなくこの物語もカーテンコールとなります。
読後に思わず息を一つ吐くような物語に仕上げられるよう頑張ります。
最後まで楽しんでいただけると幸いです。




