表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
93/101

籠の鳥は、飛び立てず

「てを、のばす……」

マリオネットの揺れる瞳。

ガラス玉のような瞳に、わずかに色が滲む。

恐る恐る、腕が伸ばされる。

私の手を掴もうとして。


「マリオネット、あなたは今立ち上がろうとしているの」

もう一歩、前に進む。

震えそうになる腕に、気を抜けば竦んでしまいそうな足に力を込めて。


「立ち上がろうとしているあなたに、手を差し伸べるのは当たり前のことなんだよ」

背後でヒーローと喜伊さんがわずかに動く気配がする。

たぶん、なにが起こっても、私を助けられるように。


だけど、私は信じたい。

マリオネットのことを。


「たちあがる……? よくわからない」

自分の足を見つめる。

マリオネットは言葉通りの意味しか伝わっていないのだろう。


その様子に、思わず笑みがこぼれる。


「これから知っていけばいいんだよ」

あの時と同じ言葉をマリオネットへと送る。

「しらせ あかり……」

ゆっくりと、マリオネットの足が一歩、私に向かって進む。

初めて立ち上がった赤子のように。

たどたどしくも、だけど確実に。


もう一歩、踏み出そうとした時、マリオネットの動きが止まる。

色が滲み始めた瞳が大きく揺れる。

「だけど……」

なにかに抗うように、マリオネットの声が震える。

「しらせ あかりをころせって……さいごに、めいれいされたから」

その視線は私達ではなく、廊下の先を見ていた。


───最後。


その言葉に、私の心臓は大きく脈動する。

最後の命令。

それが言葉通りの意味であれば、命令する者はここにいないのでは───。


私は振り返る。

ヒーローと喜伊さんが目を合わせた。

「まさか、もう……」

ヒーローの口から漏れる言葉。


───ここには、もうマリオネットしかいない?


そんな言葉が、思い浮かぶ。

マリオネットに命令する者。

事務スタッフのトップでこの場所の責任者。


マリオネットに全てを押し付けて、自らは逃げようとしている。

その行為に、視界が赤く染まる。


「喜伊さん!」

感情のままに発した言葉。

喜伊さんの逡巡する瞳が、私を見つめる。


「ハウスキーパー、お前なら間に合うはずだ」

迷う喜伊さんに、ヒーローが言う。

それでも、喜伊さんは動けずにいた。

何度も、私と元来た道に視線を巡らせる。


「喜伊さん! 追いかけて……全てを終わらせて!」

私の言葉に、喜伊さんは、はっとしたように顔を上げる。

一度目をつむり、大きく呼吸をした。

そして、決意したかのように口をぎゅっと結んだ。


「ヒーロー、お嬢様をお願いします」

鋭い視線、それをヒーローへと向ける。

ヒーローはその思いを受け取るように頷いた。


それを確認して、喜伊さんは弾かれたように、元来た道を駆け戻っていく。

一度も振り返ることなく、その背中はあっという間に小さく、見えなくなっていった。


それが、私の胸に不安を広げていく。


「しらせ、あかり……」

背後からマリオネットの小さな声。

振り返ると、マリオネットは胸を押さえたまま立ちすくんでいた。

自らに生じたものと、命令に翻弄され。

寄る辺のない子供のように。


「マリオネット、もういいんだよ」

私からもう一歩近づく。

「そんな命令に従う必要はない」

もう一歩、手をマリオネットに差し出しながら。

腕は、足は震わせない。

震わせてなるものか。


「行こう、私達と一緒に。───ここから、外へ」

まだ飛び方を知らないのなら。

これから羽ばたく初めての空が怖いのなら。

私がそばにいてあげるから───。


「そとへ……」

ゆっくりと、マリオネットが手を伸ばす。

その顔にも、瞳にも、感情のようなものが滲んでいるように見えた。

もう、ほんの一歩の距離で触れる。


私がもう一歩踏み出そうとした時、ガラス玉のような瞳の奥に、一瞬だけ無機質な光が走った。

その瞬間、マリオネットの体が雷に打たれたようにビクリと震えた。


「あ、あ、あ、ち、ちがう……それ、は……」

差し出す腕はぶるぶると震え、色が滲み始めていた瞳が暗く濁っていく。

「し、しらせ あかり……」

瞳が濁りきる前に、マリオネットの口だけが動く。


───たすけて。


がくんっ、とマリオネットの首が落ちそうなほど項垂れた。

そして、油の切れた機械のようにギシギシと顔がゆっくりと上がる。

およそ感情と呼べるものがない、機械のようなガラス玉の瞳が、私を見つめていた。

無機質なそれは私を確認すると、ゆっくりと腕を振り上げた。


背後で、ブーツが床を蹴る激しい音。

私を庇うように前に立つ、大きな背中。


マリオネットが振るう腕を、ヒーローが剣で受け止めた。

激しく、重い音が廊下に響く。


「白瀬 灯! 逃げろ!」

その言葉に、その背中に、マリオネットの姿に、私は動けないでいた。

目の前に立ちはだかるものを、打ち倒そうと動くマリオネット。


「でも、マリオネットは……」

「早くしろ! もう、“これ“は違う!」

その言葉に、何度も首を振りながら後ずさる。

「そんな、なんで……」

胸が苦しい。


さっきまであんなに───。


頬に熱いものが一筋流れた。

悲しくて、悔しくて。


マリオネットの攻撃をヒーローは剣で打ち払うが、徐々に押し込まれていく。

ヒーローの巻かれた包帯から、血が滲んでいる。

サタンとの戦いで負った傷が開いたのだろう。


「走れ!」

私を振り返ることなく、ヒーローは背中で叫ぶ。


私はエントランスに向かって走り出した。

全ての想いを振り払うように。

慟哭を奥歯で噛み殺して。


背後で重く鋭い音と、ヒーローの呻き声を聞きながら。

私は、振り返ることはできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ