表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
91/101

その足は、止められない

エレベーターは何事もなく私達を目的地に運び、ついには止まった。

到着を知らせるベルが鳴ることもなく、静かに扉が開いた。


ヒーローと喜伊さんが、私を庇うように前に立つ。

開かれた先はこのビルの外観からは想像できないほど豪奢な空間だった。 まるで、高級ホテルのロビーのようなエントランス。

だけど、その豪華さとは裏腹に、異様な匂いが漂う。

なにかを隠すように、振りまかれた消毒液のきつい匂い。

誰もいないのか、ひどくがらんとした印象。

受付らしきカウンターもあるが、そこに立つ者はいない。


その異様さに、ヒーローも、喜伊さんも言葉を発せずにいた。


ゆっくりと、ヒーローが警戒しながら進む。

受付に近づき、そっと覗き込む。

誰かいないか確認しているのだろうか。

喜伊さんは私に離れることなく、その場で辺りを見回している。


その間も手を何度か鼻に当てていた。

「変な匂いだね」

「えぇ。アルコールだと思われます。消毒するにしても、異様な量かと」

前を向いたまま、私の言葉に答える。


ヒーローが後ろ腰の剣の柄に手を当てたまま、ゆっくりと周囲を確認するように歩く。

時折、私達の方を振り返り、喜伊さんへと目配せをする。

喜伊さんは頷いて、その後を追うように少し離れながらも私と共に進んでいく。


周囲の警戒が終わり、エントランスは問題ないと判断したのだろう。

ヒーローと喜伊さんが警戒を解いて、受付の前に集まった。

「誰もいない、というより人の気配がないな」

「えぇ、この支部を放棄したのでしょうか?」

ヒーローが顎に手を当て思案する。

「そう簡単に支部は放棄できるものなのか?」

「分かりません。状況によるでしょうが……」

喜伊さんは受付の中に入りながら答える。

そして、受付内にあるパソコンを起動させた。


「この中に情報が残っていればいいのですが」

「扱ったことはあるのか?」

「いえ、ただ、操作しているのは何度か見ているので───」

何度か操作を繰り返すが、喜伊さんが首を振った。

「……ダメですね、アクセスするにはパスコードが必要なようです」

諦めたように、パソコンから離れようとして、喜伊さんの足が止まる。


何かを思い返すように、顎に手を当て、再度パソコンへと向かった。

記憶を探るようにゆっくりと、キーをひとつずつ叩く。


「……開いたようです」

「なんで知ってんだよ」

驚いたようにヒーローが身を乗り出す。

「危険を顧みず、私に情報を提供した方が教えてくれていたのを思い出しました。まさか、このパスコードとは思いませんでしたが」

返事をしながらも、喜伊さんのパソコンを操作する手は止まらない。


情報を提供した人。

それが、以前喜伊さんの電話を盗み聞きした時の相手だと思った。


「なにか分かるか?」

「いえ、あまり有益そうな情報はなさそうですが……これは───」

「どうした?」

「物資の受領リストが最後にアクセスされたファイルとしてありますね」

「それがどうした?」

「先日届いた内容が、銃火器類、大量の消毒用アルコール、そして───ガソリンと爆薬の類です」

喜伊さんとヒーローが目を合わせる。

その目には不穏な色が滲んでいた。

「……進むか、戻るか」

ヒーローの言葉に喜伊さんは逡巡する。

チラリと喜伊さんの視線が未だ進んでいない廊下の先へと向く。


「お嬢様」

その視線が私に向く。

迷いに揺らぐ瞳。


「あの廊下の先は事務スタッフのトップ───この支部の責任者の部屋に続きます」

私を見つめたまま、廊下を指差す。

その指先が微かに震えている。


「いまだ姿を見せないマリオネットも控えており、罠の可能性は非常に高いと思われます」

喜伊さんの瞳が私に訴えかける。


帰ろう。

このまま逃げよう。

私と一緒に。


「どうしますか?」


喜伊さんの求める言葉を私は持っている。

それを言うのは簡単で、それはすぐに叶えられるだろう。


この空間にいるだけで。

不穏な言葉を聞くだけで。

私の足は小刻みに震える。


だけど───。


「この先に、いるんだよね」

喜伊さんから、目を逸らすことなく。


この先に、父さんの───。


「おそらく」


喜伊さんの目が、絶望に染まっていく。

私がこれから発する言葉が、分かるように。

それを感じながらも、私は言葉を続ける。


「進もう、喜伊さん」


喜伊さんの顔があからさまに歪む。


「決まりだな、先導するぞ」

そんな私たちを横目で見ながら、ヒーローは再び進む。


喜伊さんは俯き、拳を握りしめる。


なぜ───。


喜伊さんの口から漏れた。

漏れてしまった蚊の鳴くような声。


聞こえてしまったその呟きに、私はなにも応えなかった。

応えてしまうと、もう進めなくなる気がして。


のろのろと喜伊さんが私の横に立つ。

横目で見る喜伊さんは、酷く憔悴しているように見えた。


───ごめんね。


胸の中で謝罪する。

今は胸の中だけ。

全てが終わったら、ちゃんと声に出して謝るから。


胸に去来する想いを振り払うように、私は進む。

息遣いを感じさせない、無機質な廊下。

だけど、その先に待っているであろう存在。

悪魔の口のように禍々しく開くその先へと、私は進んでいく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ