刃と炎のパ・ド・ドゥ
そこに近づくにつれて、首の後ろに違和感を覚える。
ナイフを当てられたような、冷たい感覚。
それと共に漂ってくる、焦げたような匂い。
アタシには分かる。
───これは。
「よぉ、いるんだろ」
組織のビルから少し離れた、開けた広場。
朽ちたワイヤーフェンスに囲まれた場所。
「遠くからでも、お前の熱い視線を感じるぜ」
雑草が生い茂り、石ころが散乱する。
アイツが用意した舞台にしては、嫌に荒れている。
「そんなにアタシに会いたかったかよ。なぁ、───イグニス」
舞台の演者のように、ゆっくりとした足取りでイグニスが広場へと入ってくる。
だが、その表情は明るくない。
「なんだそのツラは? まるで女にフラれたような顔してるぜ」
アタシの言葉を聞いて、しけた顔に緩やかな笑みが浮かぶ。
「どうもしないさ、レッドキャップ。───ボクの愛しい、赤いコイフを被ったキミ」
いつもの気持ちの悪い言葉。
だけど、その言葉にいつもの覇気を感じないのはアタシの気のせいか?
「やや乱暴だが、再び舞台は整えられた。この前の続きといこう」
するすると手のひらからレイピアを取り出し、構えた。
それを見て、思わず首を傾げる。
───なにをそんなに焦ってやがる。
「どうした? もっと喋れよ。あの気持ち悪ぃ言葉を」
アタシの皮肉めいた言葉に、ゆるゆるとイグニスは首を振る。
「知らないのかい? 舞台の時間は限られている。ボク達は”ボク達”のカーテンコールに向けて走らなければね」
その瞳はアタシを見ている。
だけど、どこか違うものを見ているようでもあった。
体の調子が悪そうでもない。
なにか、イグニスを焦らせる要素があるのか?
「……まぁ、いい。アタシを楽しませてくれるならな」
首を傾げながらも、手斧とナイフを腰のベルトから抜いた。
アタシの動きに満足したのか、イグニスの顔にいつもの笑みが浮かんだ。
「さぁ、レッドキャップ。パ・ド・ドゥの練習はしてきたかい? 前みたいにステップを間違えないでくれよ」
挑発的な笑み。
その顔に、背筋がぶるりと震える。
───そうだ、そうでなくちゃな。
「言ってろ!」
叫びながら手斧を振りかぶり、イグニスに躍りかかった。
振り下ろされた手斧を、イグニスは半身になって躱した。
それを追いかけるように、逆手のナイフで追撃をする。
イグニスはレイピアで受け流そうとしたが───。
「くっ───!」
衝撃を流し切れず、バランスを崩しながらも後ろへと跳んだ。
「どうした、イグニス! てめぇは弱った相手にしか強くなれないのか!」
せせら笑うアタシに、イグニスは肩をすくめる。
「相変わらず、乱暴だね。この前のキミの方がしおらしくて良かった」
だけど、その顔は嬉しそうに笑っていた。
「だけど、キミはそうでなくちゃ」
再度、イグニスはレイピアを構える。
ポッ、ポッ、と青白い炎がイグニスの周りに現れる。
まるで、イグニスの感情に呼応するように、静かに、だけど熱量をもって揺らめきながら増えていく。
真昼の太陽の下でも、それは誇り高く燦然と輝いているように見えた。
「それでこそ、ボクの追い求めたキミだ───!」
その青白い炎と共に、イグニスがレイピアを突き出してくる。
それを順手に握りなおしたナイフで迎え撃つ。
激しい火花がアタシの目を焼く。
ナイフで打ち払ったはずのレイピアは、不可思議な軌道を描きながら、すり抜けるようにアタシへと迫った。
「ちっ!」
舌打ちをしながら、身をよじり躱そうとするが、躱し切れずアタシの脇腹をかすめる。
身を裂く痛みと、焼き鏝を当てられたかのような熱さ。
今度はアタシがイグニスから距離をとるように離れる。
ブスブスと、脇腹から微かな煙と肉の焼ける匂いがする。
イグニスは追い打ちをかけることもなく、手遊びのようにクルクルとレイピアを回す。
その顔は楽しそうに、笑みが浮かんでいる。
まるで、今度はアタシの攻撃を待つかのように。
「ヒヒッ、やるじゃねぇか」
「キミこそ、よく躱したね」
その言葉の色に皮肉もなく、そして驚きもない。
イグニスにとって、その程度の攻撃は躱してもらわないと困る程度なんだろう。
「さぁ、どうぞ。次はキミの番だ」
レイピアを構え、アタシを迎え撃つ体勢をとる。
こいつにとって、戦いは舞台で、攻撃は踊りだ。
お互いが交互にステップを踏むように、楽しむ。
「……ヒヒッ、お前も大概イカれてるぜ」
バカにしながらも、それをどこか楽しんでいる自分もいた。
「そう? だけど、キミほどじゃないさ」
その言葉に、自らの口が笑みで大きく歪むのが分かる。
「お前は、そうでなくちゃなぁ!」
イグニスに向かって走った。
手斧を振り上げる。
イグニスはそれを、笑みを浮かべながら迎え撃つ。
朽ちたワイヤーフェンスに囲まれた舞台。
足元は荒れ果て、雑草が生い茂る壇上。
そこで刃物を持ち、踊り狂う者達。
その舞台の結末は誰にも分からない。
だけど、激しくも確実に終幕へと進んでいっている。




