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盤上は、朝に傾く

話し声がBARの方でする。

それと共に、いつか嗅いだことのある香りが漂ってくる。


あれは、そう。

ヒーローが───。


大きな背中。

去り際に、ひらりと片手を上げる姿。

仄かなタバコの残り香を残して去って行った。


それが私の意識を覚醒させた。

起き上がり隣を見ると、喜伊さんがいたところにはきれいに畳まれた毛布。

反対側には、眠りに就いた時と変わらず布団に籠り、寝息を立てているレッドキャップ。


目をこすりながらBARへ顔をのぞかせると、喜伊さんとヒーローがいた。

「おはようございます、お嬢様」

カウンター内で頭を下げる喜伊さん。

「……おはよう」

その横で小さく挨拶をするヒーロー。


よく見れば二人で朝食を作っているとすぐ気づく。

だけど、”あの”喜伊さんがキッチンの中にヒーローを入れて一緒に料理……?

「どう、したの?」

目の前の光景に、考えが追いつかず、間の抜けたような質問をしてしまった。

ヒーローもなんと言えばいいのか思案するように視線を中空に彷徨わせて───。

「一宿一飯の恩……かな」

そのヒーローの言葉に、喜伊さんは堪え切れず顔を背けた。

その様子に、ヒーローはバツが悪そうに顔を歪ませる。

だけど、洗い物をする手が止まることはなかった。


「う、ん」

その答えを聞いても、なんだかしっくりこなくて変な相槌を打ちながらも二人を見つめ続けてしまう。

「お嬢様、まもなく朝食ができますので、お顔を洗ってきたらどうですか?」

私の反応に、おかしそうに笑いながら喜伊さんが穏やかに言う。

私は頷き、洗面所へと向かう。

二人の間になにがあったのかは分からない。

だけど、ヒーローの表情が昨日より豊かになったことに、なぜだか嬉しく思っている自分がいた。


「んだよ、起きるのが早ぇな」

欠伸をしながら、レッドキャップがシャツにパンツという下着同然の姿のままBARへと入ってくる。

その姿に喜伊さんの片眉が跳ねる。

「レッドキャップ、はしたないですよ」

その言葉にレッドキャップは口を歪ませ笑う。

「これに欲情する奴なんていないだろ」

ひらひらとシャツの胸元をはためかせながら、意地悪気な視線をヒーローに向ける。

ヒーローは視線を向けることなく黙々と朝食を口へと運んでいる。

「そういうわけでは───」

喜伊さんの言葉を無視し、ヒーローの横の椅子へとレッドキャップはどっかりと座った。

朝食を食べるヒーローの顔を覗き込むようにまじまじと見つめる。

「いいツラになってるじゃねぇか、ヒーロー。乙女にキスでもしてもらったか?」

からかうように話しかけるが、ヒーローは依然として反応をしない。

反応しないことさえ面白いのか、レッドキャップはどこか嬉しそうだ。


いつもより更に賑やかとなった空間。

そんな空気を楽しみながら、私は朝食を食べ進める。

その心地よい賑やかさが、明日の不安を少し和らげてくれた。



「なぜだ! なぜそうなる!」

怒号と共に、男の手が机の上の物を乱暴に薙ぎ払う。

けたたましい音を立てながら、薙ぎ払われた物が床の上に散らばる。

その音に、報告をしていたスタッフの肩がビクリと震える。


髪を振り乱し、息を荒げながらその腕の主───事務スタッフのトップは血走った眼で報告者を睨む。

机に突いた両手は、ぶるぶると震えている。

「SATANはHEROに殺され、そのHEROはHouse Keeper達と合流しただと……」

見ていられないほど狼狽する事務スタッフのトップの姿に、スタッフは言葉を続けられずにいた。


「どうして、こうなる……」

その姿があまりにも哀れで、スタッフは思わず俯く。


「追加は……?」

その呟くように言った言葉に、スタッフは直ぐに反応できなかった。

「追加の人員はどうなった!」

ぎょろりと血走った眼が怒号と共にスタッフへと向く。

「は、はい! 今は返答待ちです……!」


嘘だ。

もう、追加人員は出せないと本部より返答が来ている。

だけど、それを今この場で伝えるのが恐ろしかった。

震える手で書類を握り締めながら、話が早く終わることを祈った。


「くそ、くそぉ! お前達だけ……なんでお前達だけぇ!」

かんしゃくを起こした子供のように、事務スタッフのトップが握り締めた拳で机を叩く。


何度も。

何度も。

血が滲んでも、構うことなく。

それにさえ気づいていないように。


その動きが、唐突に止まる。

机に突っ伏すような姿のまま、ピクリとも動かない。

今までの喧騒が嘘のように、水を打ったように静まり返る。

スタッフの喉が鳴る音さえも、聞こえそうなほど。


「お前らが……」

ぽつりと、事務スタッフのトップは呟いた。


「お前らが悪いんだ」

ぐりん、と事務スタッフのトップの顔が上がる。

なにかに魅入られたような、ギラギラとした瞳。

「もう、こうするしかない───」

口には、にちゃりと汚い笑みが浮かんでいる。

まるで少年が盤面をひっくり返してご破算にするように。


その悍ましさに、スタッフの背筋が凍る。

なにを考え付いたのか。

それを言葉にすることなく、事務スタッフのトップはただ笑う。

静かな空間に、狂った笑い声が響いた。


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