孤独な夜に、傍に座って
夕食を食べ終えた後、問題が一つ発生した。
ヒーローが寝る場所だ。
奥の私達が寝室として使っている部屋は狭く、これ以上寝る隙間はない。
ヒーローはBARの椅子でも床に座って寝ても構わないと言うが、それはいくらなんでも可哀想だと、喜伊さんに訴えた。
苦肉の策として、倉庫として使用していたお酒のケースなどが積まれた小部屋を整理して、ヒーローが休めるスペースを作った。
作業の間、居心地悪そうに椅子に座って、倉庫が整理されていくのを見つめていた。
その表情は、申し訳なさだけではないように見えた。
夜も更け、早々にレッドキャップは布団に潜り込み、寝息を立てている。
一緒の布団に寝ようと喜伊さんを誘ったが「私は充分に休みましたから」と固辞し、私の横で毛布にくるまって寝ている。
久しぶりに感じる充足感。
それが睡魔となって、私をゆるゆると眠りへと誘った。
唐突に点いた、BARの明かり。
それが、私の意識を覚醒させる。
目をこすりながら起き上がり、左右を見る。
レッドキャップは頭まで布団を被り寝息を立てている。
喜伊さんは眠りについた時と同じ姿勢で、微動だにしていない。
BARの中でガラスがカウンターを静かに叩く音が聞こえる。
私は二人を起こさないように、そっと布団を抜け出した。
「……すまない、起こしてしまったか?」
顔を覗かせた私に、すまなそうに謝るヒーロー。
食事の時と同じ椅子に座って、あのウイスキーを飲んでいた。
「ううん、大丈夫。私も、喉が渇いちゃって」
ヒーローの表情が儚くて、思わず小さな嘘をつく。
そんな全て自分が悪い、みたいな顔をして欲しくなくて。
そのまま飲み物を飲んで布団に戻るのはなんだか違う気がして。
グラスにお茶を注ぎ、ヒーローから一つ離れた椅子へと座る。
ヒーローは何も言わず、グラスを傾けている。
「私、なにも知らなくて……。父さんのことも、喜伊さんのことも」
ぽつりぽつりと話し始める私に、ヒーローの視線が向くのを感じる。
「これからどうすればいいか分からなくて。悲しくて、不安で、明日が来るのが怖くて」
ただ、聞いて欲しかった。
感じて欲しかった。
この世界に一人だけになってしまった、そんな表情をする貴方に。
あなたは一人ぼっちじゃない、と。
ヒーローはなにも言わない。
支離滅裂な私の言葉を、ヒーローは口を挟まず聞いてくれている。
「だけど、喜伊さんがいてくれて。私を支えてくれて」
話しながら、走馬灯のように今までのことが思い浮かぶ。
「きっと喜伊さんが私に望んだ結果ではなかった。だけど、それでも傍にいてくれている」
言葉がまとまらない。
私が伝えたいことが、うまく話せない。
「だから、私は今ここにいられる」
これは私の思い上がりではないのか。
こんな言葉をヒーローは望んでいないのではないのか。
その思いが私の言葉を鈍くさせる。
膝の上で握りしめた手が熱い。
だけど、それでも。
私は、あんな表情をするヒーローを救いたいと思ってしまった。
「だから、あなたも……我慢しなくていいんです」
視界の端でグラスを持つヒーローの手が揺れた気がした。
「私は……頼りないかもしれないけど、話は聞けます」
違う、と首を振る。
「私が───聞きますから」
ポタリと、ヒーローの手元のカウンターの上に雫が落ちた。
それをヒーローは、隠すように震える手で拭った。
思わず、ヒーローの方へと向くと、私から顔を逸らし、何かを堪えるように肩を震わせていた。
「……そろそろ、寝たらどうだ」
絞り出したかのような声。
震えを抑えるように、その声は低かった。
私は「おやすみなさい」と短く言って、奥の部屋へと戻った。
部屋に入る時、ちらりとヒーローの方を振り返る。
先ほどと変わらず、顔は背けたまま。
だけど、小さく見えていたその背中は、ほんの少しだけ元に戻ったような気がした。




