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ぬくもりは湯気の向こうに

喜伊さんはウイスキーのボトルをヒーローの目の前に置くと、料理を再開した。

静かな空間に、喜伊さんが料理をする音のみが聞こえる。

しばらくすると、良い匂いも漂ってきて、私のお腹を刺激する。


「どうぞ。食材が少なく、大したものはできませんでしたが……」

少し申し訳なさそうに私の前に置かれたお皿。

大降りにカットされた野菜が、ゴロゴロと入った赤いスープ。


「いただきます」

口に含むと、トマトの爽やかな酸味と、野菜の甘さが染みわたっていく。

いつもならピリッとした胡椒が入っているが、今回はそれが感じられない。

物足りなさに、ちらりと喜伊さんを見ると、喜伊さんと目が合った。

「今のお嬢様の胃に、香辛料は控えないといけませんからね」

私の様子に気づいた喜伊さんが悪戯っぽく微笑んだ。


同じようにレッドキャップの前にもお皿が置かれる。

「なんだよ、スープか」

独り言のように文句を言いながらスプーンを手に取る。

「文句があるなら、ご自分で作ったらどうですか?」

喜伊さんの言葉に返事をすることなく、レッドキャップは不満そうにパクパクと食べていく。


「どうぞ」

ヒーローの前にも同じように置かれたお皿。

ヒーローは無言のままただじっとお皿を見つめる。

喜伊さんはそんなヒーローを気にすることなく、私の横に座ってスープを食べ始めた。


横目でヒーローのことを見る。

彼はただグラスを片手にジッと目の前のスープを眺めている。

揺らぐ湯気を、ただ見つめている。


私の目の前のお皿の中身が半分ほど減ったところで───。

「あの」

私の声に、喜伊さんばかりでなく、行儀悪く皿を持ち上げスープを飲み干そうとするレッドキャップの視線までも集まった。

「あ、温かいうちに食べた方が……いいですよ」

尻すぼみに小さくなる言葉。


誰も、何も言わない。

レッドキャップのごくりと最後の一口を飲み干した喉の音が響き渡る程、静かな空間。


自分の顔が真っ赤になっていくのが分かる。

ヒーローは視線だけを、私に向けた。

まるで、自分に話しかけられたのだと、今初めて気づいたように。


「……そうだな」

呟くように、そう言ってスプーンを手に取り一口食べる。

それが呼び水のように、ヒーローはスプーンを口へ運び続けた。


みるみるヒーローの皿は底が見えるほど減っていった。

隣で喜伊さんの含み笑いが漏れるのが聞こえた。


小さく咳ばらいをしながら、喜伊さんは立ち上がりバーカウンターの中へと入った。

「お代わりは、どうしますか?」

「おう、くれ!」

ヒーローへ向けた筈の言葉を、レッドキャップが空になった皿を突き出しながら答える。

喜伊さんは呆れたようなため息をつきながら、レッドキャップから皿を受け取り、スープを注いでいく。


「……ふっ」

堪え切れないような笑いが、ヒーローの方から聞こえた。

そして、レッドキャップの皿が満たされる頃に、静かに皿を喜伊さんの方へ置いた。

喜伊さんは何も言わず、少し嬉しそうな表情をしながら差し出された皿にスープを盛り付けた。


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