悪魔の囁きと、物言わぬ唇
腕の中のぬくもりが、少しずつ無くなっていくのを感じる。
それと共に、自分の中のかけがえの無いものまでもが、少しずつ減っていく感覚。
それを零さないようにと、腕に少しだけ力を込める。
抱かれた者は、それになんの反応も示さない。
それが、悲しかった。
「ひでぇツラだな」
硬いブーツが、地面を乱暴に叩く音と共に、突如目の前に現れた少女。
赤いキャップを目深に被り、笑みで歪んだ唇のみ見える。
「……なんの用だ」
ぶっきらぼうに答える俺を気にすることなく、不躾に腕に抱かれているサタンを見る。
「それは、お前次第だろ?」
じっくり嬲るように俺達を見たあと、おもしろそうに笑う。
「なぁ、ヒーロー。一緒に”八つ当たり”しねぇか?」
嫌悪感を抱く笑みから、吐き出される言葉。
「仇を取るとか、こんな世界に一石を投じる、なんてそんな高尚なことを言うつもりはねぇ」
俺の心が透けて見えるかのように、言葉を連ねていく。
「お前の奥底にある、ぐらぐら煮えたぎってるのはなんて言ってる?」
俺の顔を覗き込むように顔を傾ける。
「ぶちまける先を探してるなら、ちょうどいいのがあるぞ」
『さぁ、お前の立ち位置はここだぞ』そんな思惑が透けて見える。
「お前に……俺のなにが分かる!」
俺の怒号を意に介さず、呆れたように首をすくめた。
「分からねぇし、分かりたくもねぇ」
レッドキャップの声の温度が、下がった気がした。
「特にヒーローの癖に、ヒロインぶってる奴の考えなんかな。それに、悲劇のヒロインは、こっちにもういる」
レッドキャップの言葉に、ハウスキーパーの連れていた少女が思い浮かぶ。
その少女さえも利用しているのか……。
「……お前はそうやって、なにもかも分かったように言う」
怒りのあまり、腕に力がこもる。
「全てが分かったような顔をして、駒のように操る」
この腕の中にいるサタンへの想いさえも、利用しようとしている 。
「その駒の気持ちを考えたことはあるか?」
「気持ちだぁ? そんなこと考えるかよ」
俺の言葉にレッドキャップはつまらなそうに鼻を鳴らした。
レッドキャップの言葉に、思わず絶句する。
そんな俺を見て、興味を失ったかのように、レッドキャップの顔から笑みが消えた。
「お前がどこで腐ろうが、もうどうでもいい。そのままゴミ箱にでも消えちまえ。ただ───」
帽子の奥で鈍く光る瞳が、俺を見つめる。
「アタシの邪魔をするなよ」
冷え切った声に、思わず背筋が凍る。
その思いと共に、疑問に思う。
このレッドキャップがなぜ、人の為に動くのか。
「……レッドキャップ、お前はなぜそこにいる? なにが目的だ」
なぜ関係もない、白瀬 真の娘の力になるのか。
俺の問いかけに、愚問だとも言いたげに笑う。
「決まってんだろ」
小馬鹿にしたように笑いながら、レッドキャップは言葉を続ける。
「おもしれぇからだ」
自分の感覚に疑うことなく、笑うレッドキャップがほんの少し羨ましくなった。
もし、俺がレッドキャップのように心のままに生きていたならば。
全てを手に入れるために奔走したならば。
視線が自らの腕に抱かれたサタンに落ちる。
『───』
名を、呼ばれた気がした。
まるで、前に進めと言いたげに。
その物言わぬ口を、じっと見つめる。
その言葉の続きを聞きたくて、耳を澄ませるように。
聞こえるはずのない声を、もう一度だけ聞きたくて。




