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藁を掴むように、悪魔の手を掴んで

異様な戦闘を終え、治療を終えて組織に戻ろうと、いつものようにエレベーターに乗り込み、カードキーを操作パネルへかざす。

扉は閉まり、階下へと降りていく感覚。

ほどなく、到着のベルと共に扉が開く。

いつも出迎える老紳士の姿はなく、いつも以上にがらんとしている。


「なにが起きたんだ……?」

まだ痛みの残る体をさすりながら、呟く。

隠そうと振りまいた消臭剤でさえ消えない、濃密な死の匂いが辺りを漂っているのが、異様な雰囲気に拍車をかける。


いつもなら受付嬢が数人待機するカウンターも、一人ポツンと立っているだけ。

その受付嬢の顔色も悪い。

なにかあったのかと聞いても、ぎこちない笑顔で「なにも……」と歯切れ悪く答える。

いつも相手をしてくれる受付嬢のことを聞くと、別の支部へと異動したそうだ。


事務スタッフトップの部屋へと向かう廊下はもっと禍々しい気配を漂わせている。

全てを拒絶するかのような空気。


それを発しているのは、部屋の扉の横に立つ存在。

組織の豪華な内装に見合うペールブルーのドレスを着た、マリオネット。

微動だにせず、門番のように立っている。


両手は乾いた赤黒いもので汚れている。

その手が、なにをしたのか。

瞬きもしないガラス玉のような瞳は、なにも語らない。

ただ、様子を窺う俺を”見ている”。

その視線が俺に張り付いてくる。


そこを無事通れるとも思えず、踵を返して組織を後にした。



歩きながら、スマートフォンを操作する。

登録された電話番号に電話を掛けるが、コール音が鳴るだけで出る気配がない。

息を一つ吐いて、登録されている電話番号を手繰っていく。


一つの番号で手が止まる。

かけるべきか、足を止めて考える。


何度か逡巡したのち、意を決して通話ボタンを押した。

暫く響くコール音。


出て欲しい。

いやこのまま出なくていい。

相反する気持ちが、胸の奥で渦巻く。


出る気配が無く、少し安堵の気持ちを持ちながら切ろうとすると───。


「……誰?」

通話がつながった音と、訝し気な少女の声が聞こえた。

通話に出たことに、思わず頭を抱えそうになりながらも返答する。

「俺だ」

電話の向こうで、息を呑むのが分かった。

「……ヒーロー、あなたから電話が来るとは思わなかったわ」

「俺も、お前にかけることはないと思っていた」

苦笑交じりの俺の言葉に、不機嫌になることなく少女───サタンは言葉を続ける。

「それで? ダンスのお誘いって訳じゃないでしょ?」

「あぁ。最近なにが起きたか聞きたくてな」

「そんなの、私に聞かなくても、聞ける相手はいるでしょ」

呆れたような、でもどこか嬉しそうに聞こえる声。

「聞こうとした相手は組織におらず、もう一人のあても電話に出ない」

不満げなため息が、電話口からも聞こえた。

「そう、私は三人目ってわけ……。とんだ都合のいい女ね」

不機嫌そうな声に、思わず言葉が詰まる。


「そういうわけでは……」

失敗した、と思わず後ろ頭を掻く。

「ふふ、まぁいいわ。まだ覚えてくれているだけで。忘れられた女が、一番哀れなのだから」

俺の反応に満足したのか、少し機嫌を良くしたように話を続ける。

「今の状況を聞きたい、だったわね。いいわよ、教えてあげても」

ただし、とそこで言葉を区切る。

「電話で話すには長いし、なにより味気ないわ。住所を送るから、そこで話をしましょう」

「それ、は……」

サタンの提案に言い淀む。

なにを企んでいるのか、裏を読み取ろうと考えを巡らす。

「なに? 別に罠ではないわよ」

そんな俺の考えを読み取るように、くすくすと笑う。


「……分かった。住所を送ってくれ」

その返答に満足したのか、満足そうにサタンは電話を切った。

しばらくすると、スマートフォンにメッセージが届く。

住所だけが書かれた簡易的なもの。


それを眺めながら、自らの選択を鑑みる。

まるでドン・キホーテのように取り返しのつかない過ちを選んでしまったのでないかと。


だが、進むしかない。

なにも分からないまま、終わってしまう事だけは避けたい。

メッセージに書かれた住所へと歩き出す。

その先で、闇が大きく口を開けていると知りながらも。


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