月下美人を手折る手は冷たい
ステージの上に座り、明り取りの窓から空を見上げる。
ちょうど真上にあった月は、もう窓枠の外へと隠れてしまい、今は星のみが切り取られた絵画のように瞬いている。
ずるり、ずるりと、なにかを引きずるような音が聞こえる。
音の方を向くと、足を引きずるようにして歩いてくる者がいた。
出て行った時と同一人物とは思えないほどの変貌を遂げた女───Dancerだった。
「おや、どうしたんだい?」
あんなに鮮やかだった衣装は血と土に塗れ、見る影もない。
顔を覆っていたフェイスベールも破れ、顔が一部露出している。
その顔も───。
「ひどい顔になったね」
掻きむしったのか、皮膚はえぐれ、血が滲んでいる。
もう、彼女は神秘性も、妖艶さもなにもない。
まるで老婆のように朽ちていっている。
「……」
うわ言のようになにかを呟いているが、声は小さく、聞き取れない。
なにを絶望しているのか。
なにを悔やんでいるのか。
僕の言葉は届かない。
その姿に、嫌悪感を抱いてしまう。
「キミはまだ踊らされているの?」
お尻の埃を払いながら立ち上がる。
Dancerはただじっとボクを見ている。
「分からない、か」
それに構わず、ボクは語り続ける。
観客が見上げる、演者のように朗々と。
「この世は所詮、即興劇。そこにコリオグラファーなどいない」
語りながら、Dancerを見つめる。
その卑しくも醜い存在を。
「キミは、まだ踊れるのかい?」
Dancerは笑う。
にちゃり、と薄気味悪い笑顔。
もう、かつての彼女ではない。
「美しい花も、枯れればただの塵芥」
ゆらりと、Dancerは動き出す。
ステップを踏むように。
だけど、その動きに以前のような神々しさも、神秘性もない。
「朽ちた花は、手折るべき───そうだろう?」
しゅるり、とレイピアを滑らすように取り出した。
半身で構えたボクの周りを漂う青白い火が揺らめいた。
その光が一際強く脈打った瞬間───。
僕の持ったレイピアの刃先はDancerの喉元を貫いていた。
「もう、キミの幕は下りているんだ。速やかに袖に捌けなきゃ」
レイピアを抜くと、Dancerは物言わず倒れ伏した。
その背中に、青白い火が花びらのように降り注ぐ。
それがDancerに触れた瞬間、ボッと燃え上がった。
鎮魂の炎を背に、ボクは袖へと捌けていく。
役割を終えた演者のように、振り返ることなく。




