そのぬくもりを、握り返して
海の中を漂うような浮遊感。
自分がどこにいるのかもわからない不安感。
ただ、ゆらゆらと。
波と、風に任せて動くように。
そんな私の手を引っ張るなにか。
温かく、どこか懐かしい。
私は知っている。
───あの子の、手だ。
それが私を懸命に引っ張る。
だけど、その動きに従うのも億劫で。
この微睡みに、身を委ねたままでいたい。
だけど、私はなにかを忘れている気がする。
なにかをしなければならない。
そうだ、私は帰らなければ───。
重い瞼が持ち上がる。
白い光が、私の目を焼く。
その眩さに、思わず顔を背ける。
体は気怠く、頭はまだ眠りの淵に立っている。
「喜伊さん……?」
心配そうに私を見つめる少女。
目は窪み、少しやつれたように感じる。
まだ視界はぼやけている。
それを拭おうと、何度か瞬きをする。
まだ、朧げな思考のなか。
目の前の少女が、私にとってとても大切なのは分かる。
その考えはまとまりそうで、だけど緩やかに霧散していく。
「喜伊さん……!」
少女は瞳に涙を溜め、必死に呼びかける。
私の手を握る手に力がこもる。
その温かさが、とても心地いい。
その表情が、あまりにも儚くて。
その声が、あまりにも心地よくて。
私は、再びゆるゆると眠りに落ちていった。
「目がさめたのか?」
グラスに入った飲み物を煽りながらレッドキャップが現れる。
「分からない……また、眠っちゃった」
答えながら、乱れた布団を整える。
「ちっ、寝坊助が。アタシのこと言えねぇじゃねぇか」
悪態をつきながらも、足音を立てながら自らの布団の上へと歩く。
「喜伊さん、大丈夫なのかな」
私の言葉にレッドキャップは鼻を鳴らしながら、どかりと布団の上に座った。
「知らねぇよ。それより、おじょうさまもいい加減休めよ。ぶっ倒れても世話しねぇからな」
乱暴な言葉の中に、ほんの少しの優しさが見えて、思わず笑顔になった。
「うん」
私の笑顔が気に入らなかったのか、レッドキャップは顔を少し歪める。
「ふん、似た者主従が」
吐き捨てるように言って、喜伊さんの隣の布団に潜り込んだ。
「レッドキャップ」
なんだ、と潜り込んだ布団から顔だけ出して私を見る。
「ありがとう」
その言葉に嫌そうに眉を顰めた。
「うるせぇ、早く寝ろ」
また布団をばさりと被ってしまった。
「喜伊さん」
握ったままの喜伊さんの手を、握りなおす。
息をしているのが不思議なくらい、ぐったりとした喜伊さんをレッドキャップが運んできてから2日経った。
喜伊さんは先ほどと同じように少し覚醒しては、すぐ眠りに就くことを繰り返していた。
レッドキャップに言わせれば「アタシより弱っちいから、回復に時間がかかるんだ」とのこと。
最初は不安で仕方なかった。
だけど時間が経つごとに顔色はよくなり、寝息も少し大きくなった気がする。
喜伊さんの手を握ったまま、私も横に寝転ぶ。
「喜伊さん」
返事は無いと分かりながらも、呼ばずにいられない。
はやく、いつもの微笑みを浮かべ「なんですか、お嬢様?」と返してほしくて。
ゆるやかな睡魔に身を委ねながら、私は喜伊さんの横顔を見つめ続けた。
その寝息が、途切れないことを祈りながら。




