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あなたの声は、私の祈り

───お願い。


声が、聞こえた。

懐かしくも、温かい声。

私の冷えた体に静かに滲むように。


あの時と同じ。

私を頼る声。


───託された、あの時と同じ声。


「おじょう、さま……」

無意識のうちに、口から漏れた声。

その言葉が呼び水のように、薄ぼんやりとした視界が色を取り戻していく。


「ぐっ───!」

むせるように口から息が漏れる。

久しぶりに、息ができた気がした。

未だ血が流れる首の傷を抑えたまま、片手で持ったままのシェフナイフの柄に力を籠める。


まだ───動ける。


震える足でなんとか立ち上がる。

まるで夢遊病者のように、おぼつかない足取りで、目の前で祈る女へと足を進める。


一歩。

もう、一歩。

せめて───一太刀。

ゆっくり、一歩ずつ。


気を抜けば、崩れ落ちそうな足に必死に力を籠める。

女は私の動きに気づかず、祈り続けている。


やっと、女の背後に辿り着いた。

構えも、なにもない。

シェフナイフを振り上げ、女の背中へと振り下ろす。


しかし、弱り切った体では上手く振り下ろすこともできず。

ただ、崩れるように。

縋るように。

女へと倒れこんだ。


女にとっても予期せぬ動きだったのだろう。

バランスを崩し、私と一緒に地面へと倒れた。


その刹那、女の表情が見えた。

その顔はあり得ないものを見るかのように、歪んでいた。


恐怖か。

憎悪か。


「───ッ!」

声にならない悲鳴。

初めて女の声を聞いた気がした。


押しのけるように、私から離れる。

今までの余裕ある動きとは違う。

ガタガタと震え、なにかを恐れている。

まるで許しを希うように、女は天を仰いだ。

突如、その体が雷に打たれたかのように大きく痙攣した。


───祈りが、途切れた。


とろりと、空を仰ぐその女から血が流れる。


目から。

鼻から。

耳から。


その異様な光景に、背筋が凍る。

あれほどの力を授かった女は、どんな代償を受けたのだろうか。

その代償を回避するための祈りだったのだろうか。


女は懺悔のような言葉をうわ言のように呟きながらふらふらと去って行く。

血の跡を点々と残しながら。


その女の背中を見つめながら、なんとか立ち上がる。


血を流しすぎた。


それでも、私は生きている。

生き残ることができた。


踏み出す足が重い。

肩に大きな荷物を背負っているように。


それに耐えられず、地面へと受け身も取れずに倒れた。

立ち上がろうとするが、もう足には力が入らない。

それでも、這いずるように進む。


「お嬢様……今……かえり、ます」

腕を使い、なにかを手繰り寄せるように。

少しずつ、少しずつBARへの道を進む。


もう、誰の為に動いているのか。

なんのために進んでいるのか。

それすらも分からないまま、意志だけが私の体を突き動かす。


声が聞こえてきた。

赤子が泣く声。


懐かしくも、愛おしい声。


───あぁ、早く行かなければ。あの子が泣いている。


もう朧気な視界の中、導かれるように進んでいく。

かけがえのない存在に向かって。


BARへの階段の入口で視界が暗転する。

体は、もう動かない。

なにも考えられない。


ただ、行かなければならない。

そんな焦燥感だけが私に残る。


「お嬢様───」


うわ言のように呟いて、私の意識は闇へと沈んだ。



「人のこと、言えねぇじゃねぇか」

瀕死のアバズレを背負いながら毒づく。

「まぁ、死ななかっただけ儲けもんだな」

ヒヒッと口から笑い声が漏れる。

「お前を殺すのはアタシなんだからよ」

未だ痛む体を鞭打ちながら、階段を下りていく。

「さぁ、帰るぞ。おじょうさまのとこへ」

階段に木霊する、ブーツが地面を踏み鳴らす音。

その音はまるで、緞帳が下りる音のように響いた。


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