灯火を胸に、外へ
レッドキャップの様子を見ながら、簡単な掃除や片付けを終える。
そして、BARの奥から戻ってきた。
「おじょう───」
名前を呼び掛けて、口をつぐむ。
バーカウンターで腕を枕に眠るお嬢様。
私の声に少し身じろぎをするが、起きることはなかった。
ふっと口から小さな笑みが漏れた。
緊張の糸が切れたのだろう。
束の間の平穏から、再び殺伐とした世界へと身を投じた。
そんな想像もできないことの連続に、疲れないわけがない。
お嬢様を起こさぬように、そっと抱きかかえる。
その腕にかかる重みに、幼き頃の影を重ね、愛おしさを感じる。
だが、その愛しい存在が抱える苦しみを思うと、言いようのない感情が胸に渦巻く。
お嬢様を抱きかかえたまま、静かに、ゆっくりと奥の部屋へと向かう。
六畳ほどの小さな私室。
そこに布団が二組敷かれている。
そのうちの一つにレッドキャップが寝ている。
私が部屋に入っても、身じろぎ一つしない。
それほどまでに消耗している。
無理もない。
あれほどの銀の銃弾を浴びて、数日も経たずザ・フールと戦い大きな傷を負った。
いくらレッドキャップとはいえ、限界が来たのだろう。
そんなレッドキャップを一瞥し、空いた布団の隣に膝を突いた。
お嬢様を抱きかかえたまま、片手で掛布団をはぐ。
そこにお嬢様を寝かせ、ゆっくりと布団を掛けた。
お嬢様の乱れた前髪を直そうと手を伸ばしたところで、背筋に悪寒のようなものが走る。
なにかが、私のテリトリーに近づいてくる。
ピリピリと首元が刺激される。
未だかつてないほど、私の感覚が警報を鳴らす。
只者ではない。
私達に近い……いや、もっと異質な存在。
喉の奥で、小さく音が鳴った。
「き、い……さん」
突如聞こえてきたお嬢様の声に、伸ばされたままの手がビクリと震える。
うなされるように、お嬢様の顔が小さくゆがむ。
躊躇うように彷徨いながらも、私の手はお嬢様の額へと届いた。
優しく、丁寧に、乱れた前髪を整える。
すると、お嬢様は安心したかのように穏やかな顔に変わった。
それが、私のざわついた心を落ち着かせる。
そのまま流れるように、髪に手を滑らせ、一房だけ持ち上げた。
目をつむり、祈るように。
静かに、深呼吸をする。
お嬢様の中にある灯火を、ひとかけらでも。
私の胸に宿るように。
覚悟を決めたように目を開け、立ち上がる。
最後にお嬢様の寝顔を見つめて、部屋の外へと足を進める。
テリトリーの中にいる者が、少しずつ近づいてくる。
ゆっくりと、まるで私が外へ出てくるのを待ち構えるように。
部屋を出る直前に、足が止まる。
「レッドキャップ」
返事は無い。
いや、無くていい。
「お嬢様を───」
自らの胸元を握り締める。
音が出るほど強く。
「お願いします」
蚊の鳴くような小さな声。
それでも血を吐き出しそうなほど、苦しかった。
やはり返事は無い。
無いのが助かった。
こんな言葉、聞いてほしくない。
その気持ちを振り払うように、早足に部屋を出た。
レッドキャップの目が静かに開かれる。
「死にたくて戦うバカがいるかよ」
呟くように吐き捨て、また目を閉じた。
その言葉は誰にも届くことなく、静かに霧散していった。




