焼けた幕間
レッドキャップを残して、タクシーは走り続ける。
主要道路から、脇道へと入り住宅街の中を走る。
住宅街も通り過ぎ、歓楽街の一角で止まる。
そこは、以前来たBARだった。
喜伊さんは警戒しながらも、車から降りBARの入り口へと向かう。
「いずれ見つかりますが、勝手の分からないところより、幾分マシかと思います。ひとまず、こちらを簡易拠点とします」
そう言いながら扉の鍵を開け、BARへと入った。
喜伊さんは掃除をしながら、時折スマートフォンを確認している。
私も、なにもしないのも居心地が悪いのでテーブルを拭いたり、埃を被ったグラスを拭いたりしていた。
突然、入り口の扉が乱暴に開かれる。
開け放たれた扉から流れ込んでくる焼け焦げたような匂いと、獣のような息遣い。
その匂いとともに現れたのは、見慣れた赤いキャップを被った少女。
お腹を押さえ、ふらつく足で歩いてくる。
「レッド───ッ!」
駆け寄ろうとした私の足が思わず止まる。
痛みだけではないのだろう、食いしばられ、歪んだ口。
ギラギラと、肉食獣のような鋭い瞳。
その目は私達を見ているようで、見ていない。
───本当に、味方のままでいてくれるのだろうか。
そんな疑念さえ浮かぶほど禍々しい雰囲気を纏っていた。
私は駆け寄ることも、声をかけることもできず、ただ茫然としていた。
「手酷くやられたようですね」
私を庇うように、レッドキャップに歩み寄りながら喜伊さんは声をかける。
そんな喜伊さんにレッドキャップは鋭い視線を向ける。
「うるせぇ! ぶっ殺されたくなかったら黙ってろ!」
噛みつかんばかりに、喜伊さんに詰め寄る。
声の勢いとは対照的に、ふらつく体をテーブルに預けており、今にも倒れそうだ。
「万全ではないのに、無茶をして。そんなに簡単な相手ではなかったでしょう」
話しかけながら喜伊さんは、手近な椅子を引きレッドキャップに座るのを促す。
「たしか彼は、ザ・フール───と呼ばれていましたよね?」
レッドキャップは頷きながら、辛そうに椅子へと座った。
タクシーの目の前に現れた少年───ザ・フールと呼ばれているそうだ。
フール(愚者)という名前と、あの少年の見た目のギャップに違和感を感じながら、聞き耳を立てる。
「そうだ、前にちょっとだけちょっかいかけた相手だ。キザったらしくて気持ち悪りぃが、まあまあ強い」
素直に強いと言わない辺りに、レッドキャップの意地のようなものを感じる。
「後で詳細を教えてください。いずれ戦う可能性も───」
「アイツは、アタシの獲物だ」
喜伊さんの言葉に被せるように、レッドキャップは言う。
「お前が戦う事はない」
レッドキャップのブレない言葉は、まるで未来を断言しているようだった。
喜伊さんはため息のようなものを一つ吐き、「分かりました」と言った。
「自分で尻拭いをするつもりなら、早く回復させてください。奥に寝るところがあったので 、そちらで横になったらどうですか?」
その言葉に舌打ちをしながら、レッドキャップはのろのろと歩いていく。
「アバズレ、気を付けろよ。ウチとは違う所属の奴がいるってことは、他にも何人か呼び寄せてるかも知れねぇぞ」
振り返るのも億劫なのだろう、背中でレッドキャップは話す。
「その可能性はあるでしょう。ですが、私のやることは変わりません」
そう言いながら、喜伊さんは私を見つめる。
「なにが来ようが、お嬢様の前に立ち塞がる限り、打ち倒すのみです」
その言葉にレッドキャップは小さく笑った。
それでいい、とでも言いたげに。
レッドキャップはなにも言わず、店の奥へと消えて行った。
いつもより重そうなブーツが床を叩く音と、焼け焦げた匂いを残して。
古びた演劇場、そのステージの上。
明かり取りの窓から差し込む月明かりが、スポットライトのようにボクを照らす。
幕が下りたままのステージ、その縁に座りながら鳴り響くスマートフォンを耳に当てた。
「あぁ、早速会ったよ。うん、万全じゃなかったから、早々に引き上げたよ。あれじゃ、エチュードにもならないからね」
電話の向こうで神経質そうな男が「なぜ止めを刺さなかったのか」と、早口でまくし立てる。
その言葉を聞きながら、ボクは大げさにため息をついて見せる。
「勘違いしないで欲しいな。ボクへの命令権はキミにはない。どんな言葉を弄したのか知らないけど、キミ達から乞われて来たことになっている」
それでも、電話の男は言葉をまくしたてる。
───それが、とても不愉快だ。
手に持ったスマートフォンに力がこもる。
「分からないかな、ボクが”なにもしない”っていう選択肢を持っていることに」
それでやっと、男が黙ってくれた。
「ボクはボクのやり方で踊るから余計なことをしないでくれ。キミはカーテンコールを待つだけでいい」
それだけ言って、返事を待たず電話を切った。
その不愉快な音を出すスマートフォンをポケットにしまうのを躊躇しながらもしまった。
「さぁ、もう一つの幕を上げる時間かな」
舞台袖に控える人影に話しかけるように呟く。
その言葉だけで、ふわりとその人影は頭を下げた。
その動きと共に花の甘い香りが漂ってくる。
「踊り狂おう、生を燃やし尽くしながら」
立ち上がり、窓へ向かって手を伸ばす。
演劇の一シーンのように、華やかに、儚く。
届かぬものに向かって手を伸ばすように。
もう既に、舞台袖の人影はいなくなっていた。
次の舞台の幕を開けに走り出した。
その結末を楽しむように、ステージに静かな笑い声が響く。




