スポットライトは闇に呑まれて
右手に持った手斧を振りかぶり、イグニスの頭に振り下ろす。
それをイグニスはレイピアで受け止め、するりと受け流した。
たたらを踏みそうになる足を、グッと踏みしめる。
左手に逆手で持ったナイフを薙ぐように振り払う。
それをイグニスは測ったかのように半歩後ろに下がって躱した。
「相変わらず、ステップが乱暴だね」
フフッと微笑みながら、イグニスは半身でレイピアを構える。
「うるせぇ───ッ!」
そのまま滑るように、レイピアの刃先がアタシの顔に向かって伸びる。
それをのけぞるように躱す。
だが、いつの間にか引かれたレイピアが、再度アタシに襲い掛かり、肩口へと突き刺さった。
「ぐっ!」
痛み、そして燃えるような熱さ。
思わず口からくぐもったような声が漏れる。
「ほらほら、ちゃんと呼吸を合わせないと、上手に踊れないよ」
くすくすと、うまく踊れない子供を諭すようにイグニスは言う。
取りこぼしそうになる手斧を持ち直す。
体が重い。
いつもより、足が動かない。
「あんな傷、いつもなら大したことねぇんだがな……」
独白のような呟き。
体の中に未だ残る、異物感。
やはり銀は厄介だ。
アタシの言葉が聞き取れなかったのか、イグニスは穏やかな顔のまま首を傾げる。
その涼しげな顔に腹が立つ。
「調子に乗るなよ……。もう、アタシの時間だ」
夜の帳が下りる。
街灯が点灯しだし、仄かに辺りを照らし出す。
街灯の光はアタシを照らすことはなく、足元からじわじわと闇に喰われていく。
粘度を持った闇が触手のように揺らめき、アタシにまとわりつく。
その影が生き物のようにじわり、じわりと地面を這い、辺りを侵食していく。
闇に塗れるほど、力が湧いてくる。
口は大きく笑みで歪み、手に持つ武器がギシリと声を上げる。
そんなアタシを見て、イグニスも嬉しそうに笑う。
「いいね、レッドキャップ。すごくキミらしくなった」
手を叩きそうなほど嬉しそうにイグニスは笑う。
「だけど、宵がキミだけの時間と思わないことだ」
ふわりと青白い火が、イグニスの周囲に灯る。
怪しく誘うように、ゆるやかに揺れていた。
風に流されることなく、イグニスの周囲を踊る。
それに呼応するように、レイピアの刃先が鈍く光った。
「さぁ、レッドキャップ。クライマックスだ、遅れないようにね」
ゆるりとした構えから一転、素早い動作でレイピアが振るわれる。
光の軌跡を描きながらまっすぐに、アタシの心臓を狙って。
逆手に持ったナイフで弾く。
交差した瞬間、火花のように辺りが瞬く。
手斧を伸びきったイグニスの腕へ、力任せに振り下ろした。
それをイグニスは手首を返して受け流す。
踏みとどまろうとする足に思ったほど力が入らず、前のめりになるアタシの首めがけて、レイピアの刃先が襲い掛かった。
流れに身を任せ、そのまま前転するように前方に飛び込んで躱した。
追撃に備え構え直すが、イグニスは構えることなくアタシを見つめる。
「レッドキャップ、キミ……」
つまらなそうにアタシを見つめる瞳。
その瞳に、その視線に込められた感情に、アタシの感情が爆発する。
「イグニス!」
再度襲い掛かるアタシの手斧を同じようにレイピアでいなし、レイピアの持たれていない片手が、アタシの腹にあてられる。
ヒヤリとした手のひらの感触。
だけど、ぐつぐつと熱を帯びた感覚。
───ヤバい!
そう思った時には、ジュッと肉を焼くような音がアタシの体の中に響いた。
アタシの腹にあてられた手のひらには、バーナーのように鋭く細い青白い炎。
それが、アタシを貫いた。
「ガァ───ッ!」
自らの口から漏れ出る、苦痛の悲鳴。
腹から背中にかけて、鋭い炎が駆け抜けたような衝撃。
思わず腹を押さえ、イグニスの前に膝を突く。
立ち上がろうとするアタシの首元に、レイピアの刃先があてられる。
触れた首が、ジュッと焼ける音。
漂ってくる肉の焦げたような匂い。
視線を上げると、口元に浮かんだ笑みは消え、冷たい表情でアタシを見つめるイグニス。
未だアタシの首を焦がしている刃。
イグニスの持つレイピアの刃先は、両刃になっている。
このまま横に払うだけで、アタシの首は簡単に落ちるだろう。
死ぬのは怖くない。
ただ、こんな中途半端なところで死ぬのが、なにより悔しかった。
歯が鳴るほど食いしばり、イグニスを見つめる。
そんなアタシを見て、イグニスは呆れたように息を一つ吐いた。
「もう、やめよう」
その言葉と共に、向けられたレイピアの刃先が降ろされる。
「なんだと?」
思いがけない言葉に、膝をつきながら眼前に立つイグニスを見上げる。
「キミ、万全じゃないでしょ? ボクは強いキミと踊りたい」
手に持たれたレイピアを腰に差すように収める。
レイピアは刃先からスルスルと消えていき、ついには何もなくなった。
「アタシはまだ───」
その言葉にイグニスは悲し気な瞳をしながら首を振る。
「はっきり言おうか、今のキミはつまらない」
その言葉に、怒りのあまり視界が赤く染まる。
「てめぇ!」
激情にかられ、立ち上がろうとするが膝が笑い、うまく立ち上がれない。
そんなアタシをイグニスは楽しそうに見下ろしている。
「ふふ、いい顔だね。さぁ、レッドキャップ。今度はキミがボクを追いかける番だ」
イグニスは恭しく、胸に手を当て頭を下げた。
「再び、間幕だね。願わくば、次は万全のキミと踊り明かしたい」
イグニスの周囲が陽炎のように歪み、イグニスはそれに溶けるように姿が朧気になっていく。
「では、また」
踊り終えた演者が、袖に捌けるように、イグニスは静かに去って行った。
アタシはそれを見送ることしかできなかった。
奥歯がギシギシと鳴る。
地面へと突いた手のひらが、爪が剥がれそうなほど強く、土を巻き込みながら握りしめられた。
言葉を発しようとする口の端が引きつる。
「アタシが……このアタシが、つまらねぇだと……」
喉の奥から絞り出したかのような声。
マグマのように沸々と、怒りが湧いてくる。
歯を食いしばり、喉の奥が鳴る。
嗚咽のような音が、静かな公園に響く。
「ぐ……ぐ……ヒ、ヒヒ、ヒヒヒッ」
しばらくすると、それは静かな笑いへと変わっていった。
「ヒヒッ、イグニスゥ! アタシをここで殺さなかったこと、後悔させてやるからなぁ」
イグニスが消え去った空間を、睨みつけながら呪詛のように言葉を吐き出す。
「踊りたければ、踊ってやるよ。お前を死へ誘う舞踏をな!」
ふらつく足で歩き出す。
どう殺してやろうかと、思考をめぐらせながら闇へと溶けるように去って行く。
辺りに悪魔のような笑い声を響かせながら。




