光の道に、影がさす
喜伊さんが用意した朝ご飯を食べ終えた。
二人だけから、三人に変わった朝食は賑やかで、私の胸を温めてくれる。
「それで、おじょうさま。これからどうするんだ?」
グラスに入った牛乳をグビリと飲み干しながら、レッドキャップは笑みもなく言う。
「え?」
その温かな胸に、氷が投げ込まれたように言葉に詰まる。
「このままここにいてもダメだろ。どうするか決めろよ」
どうする、と言われても、なにも思い浮かばない。
戦うべきだ。
進むべきだ。
そんな曖昧な言葉しか思い浮かばない。
「それは……」
助けを求めるように、喜伊さんへと顔を向ける。
「お嬢様。レッドキャップの言葉は性急かに聞こえますが、時間は極めて有限です。動くのであれば、早いに越したことはありません」
喜伊さんは淡々と、言葉を紡ぐ。
ただ、その声色と私を見つめる瞳は、私を責めてはいない。
「時間は私達の味方ではありません。むしろ組織側の味方です。時間が経てば経つほど、組織は戦力を増強させるでしょう」
そこで言葉を切って、ふっと優し気な笑みを浮かべた。
「難しいことはありません、お嬢様はただ願ってくれるだけでいいのです」
いつもどおり、そう言いたげに笑みを浮かべながら、喜伊さんは自ら胸に手を当てる。
「しかたねぇな、アタシが代わりに言ってやろうか?」
意地悪気な笑みを浮かべながら、レッドキャップは言う。
その言葉に、私は首を振った。
そんな私に満足したように、レッドキャップは大きく口を歪め笑った。
「なにも、勝てるような戦術を組み立てろなんか言わねぇ。そんなのはアタシもアバズレも、おじょうさまに求めちゃいねぇんだ。ただ、覚悟だけ示せばいい」
レッドキャップはグラスに残った牛乳をあおった。
まるで全てを飲み干すが如く。
「それで、アタシ達は戦える」
机に音を立ててグラスを置き、口元を乱暴に腕で拭う。
レッドキャップの言葉に、私は頷く。
目をつむり、大きく深呼吸をした。
恐怖。
困惑。
不安。
そして、少しの高揚を感じながら。
私はゆっくりと目を開けた。
「行こう」
声は震えていない。
ただ、少しだけ背中が震えた。
その震えがなにかは、私には分からない。
「かしこまりました、お嬢様」
恭しく頭を下げる喜伊さん。
レッドキャップはヒヒッと笑って、楽しそうに立ち上がる。
私は進む。
先の見えない闇に怯えながらも。
私の手を引いてくれる人がいるから。
私は進む勇気がもらえた。
家を出る準備ができた。
レッドキャップは縁側からすでに外に出ている。
私の先を行く喜伊さんが玄関の引き戸を開けた。
開け放たれた扉は、そこだけが区切られたように明るい。
その光の影になった喜伊さんの顔は、穏やかで優しかった。
「参りましょうか」
促す喜伊さんに、頷いてその光に飛び込むように外へと出た。
山を下り、道路に出るとタクシーが一台止まっていた。
私達が近づくと、静かに後部座席の扉が開いた。
「どうぞ、お嬢様」
開いた扉に手を添えて、喜伊さんが乗車を促す。
乗り込むと、運転手はこちらを見ることも会釈をすることもなく、ただ前を向いていた。
喜伊さんが続いて私の隣に乗り込む。
「なんだ、タクシーかよ」
レッドキャップは小さく呟きながら、自ら助手席の扉を開け乗り込んだ。
乗り込むのを確認すると、運転手は何も言わず車を走らせた。
数時間、車は走り続けた。
真上にあった太陽は、すでに傾いていた。
助手席のレッドキャップは座席を大きく倒し、顔に赤いキャップを乗せて寝息を立てている。
「お嬢様、もう間もなく到着します」
まどろんだ意識が、喜伊さんの声で覚醒していく。
車の窓から外を見ると、見慣れた景色が私を迎える。
「ひとまず、問題なく街に戻ることができました。このまま拠点に向かいますが───」
喜伊さんは言葉を切り、助手席で眠るレッドキャップに視線を向けた。
「あなたは、どうされますか?」
レッドキャップは帽子を少しずらし、寝転んだまま喜伊さんを見た。
「とりあえず、腹減ったな。アバズレの飯でも食いながら考える」
そう言って、またキャップで顔を覆う。
喜伊さんは眉を顰めながら、ため息のようなものを一つ吐いた。
そのやり取りに思わず笑みがこぼれた。
信号でタクシーが止まる。
行き交う人を何気なく見ていると、ふと違和感を感じた。
雑踏の中、誰かがいる。
どこかで見たことがあるような、そんな人。
目は合っているようで、合っていない。
男、だろうか。
それすらも、よく分からない。
それなのに、なぜだか私の胸がわずかにざわつく。
青信号となり、車は再び動き出す。
流れる景色。
それに混じるように、その違和感は消えていく。
思わず、振り向いてリアガラスからその雑踏を見るが───。
自分が、なにを探そうとしたのかさえ分からなくなった。
「お嬢様?」
心配そうな喜伊さんが声をかける。
「う、ううん。たぶん、気のせいかな」
曖昧に返事をしながら、シートに座りなおす。
───気のせい。
その言葉で済ますには、なにか違う。
だけど、分からない。
底知れぬ不安を抱きながら、車は進んでいく。




