顔のない死
会議に使われるような広い部屋に、ストレッチャーが次々と助手の看護師によって運ばれてくる。
それを受け取りながら並べていく。
ストレッチャーに乗せられた、人が一人は入れそうな袋。
それを一つ一つ開けながら、確認していく。
喉を裂かれた者。
頭を斧のようなもので割られた者。
刃物で胸をめった刺しにされた者。
そのほとんどが、何度も会話を交わしたことのある顔だ。
この組織の中にある医務室で、生命を繋げるために奮っていた手は、運び込まれた死体を検死する手へと変わった。
会議室を見渡す。
そのストレッチャーに乗せられた”死体袋”が広い会議室を埋めつつある。
───やはり、間違っている。
このままではここは壊滅してしまう。
だが、事務スタッフのトップは気にしていない。
白瀬 真の受付嬢を拷問の末、殺し、それを秘密裏に処理していた。
本部にも、虚偽の報告をして粛清部隊を手配していた。
感情に駆られて動いているのか。
いくら人数をつぎ込もうが、RED CAPやHouse Keeperが粛清できるとは思えない。
数日前に自宅へと侵入してきたHouse Keeper。
あの、冷たい声と、冷酷な瞳。
思い出しても背筋が凍り、House Keeperによって剥がされた爪の傷が疼く。
そんな相手だとしても、明らかにやりすぎだ。
彼らが殺しあうことはショーとして成り立っていても、今起こっていることは職権乱用に過ぎない。
そんな個人的なことに、消耗していい命などない。
ポケットからスマートフォンを取り出す。
本部への直通のダイヤルへ電話しようと操作する。
暫く、その無機質な数字を見つめ続けた。
通話ボタンを押そうとする、包帯の巻かれた親指が震える。
これを押せば、全てが終わる。
事務スタッフのトップも。
私の所属するこの支部も。
そして、私はどこへ向かうのだろうか。
ふと、人影が視界の端に見えた気がした。
私以外、この部屋には誰もいないはずだ。
助手の看護師も、外に出て搬送されてくるストレッチャーの受け取りをしているはずだ。
顔を上げ、人影が見えたあたりを見る。
誰かがいる。
見たことがある。
記憶を掘り下げるが、誰とも合致しない。
思い出そうとして、視線を外した瞬間───。
ちょうど心臓の辺り。
そこから、ナイフの柄が生えていた。
まるで最初からそこにあったかのように。
そのあまりの違和感に、口から間抜けな声が漏れる。
だが、瞬きの間にナイフの柄はなくなっていた。
ただ、そこにはぽっかりと穴が開いていた。
男は背を向け去って行く。
動けない。
なにが起こったのか。
「あ……」
呼び止めようと声を上げるが、誰を呼び止めようとしたのか、もう分からない。
あの目の前にいる男は誰だ?
私は、なにをされた?
それさえも、分からなくなっていた。
まるで時間が再生したかのように、その胸から血が大量にあふれ出す。
確認しなくても分かる、致命傷だ。
傾いていく世界。
自らがストレッチャーをなぎ倒しながら倒れる音。
暗く濁っていく視界の中で、男は振り返ることなく去って行く。
最後まで、その男の正体が分からないまま、視界は闇に染まっていった。
「やはり、連絡を取ろうとしていたので始末しました」
突如聞こえてきた声に、事務スタッフのトップの肩がビクリと震える。
手元にあった書類から目を上げると、男が立っていた。
見覚えがあるようでない、不確かな男。
「そう、ですか。ありがとうございます」
男は依頼達成を誇ることも、顔を綻ばせることなく、ただ頷いた。
記憶と男を結びつけようとするが、なかなか纏まらず、気の抜けたような返事を返してしまう。
自分が男へ依頼したことを、なんとか結びつけることができ、やっと落ち着けた。
「今、邪魔をされても困りますからね。やっと舞台が整ってきたのですから」
もう、邪魔をする者はいない。
この男をHouse Keeperのところへ派遣できれば、話は簡単に済むだろう。
だけど、それをするには、まだ私の周りは些か騒がしい。
「舞台は整えます、仕上げは頼みましたよ」
新たな依頼に、男は表情を変えることなく頷く。
今はまだ、大丈夫。
だけど、いずれ私がこの立場から零れ落ちた時は───。
震えそうになる手を、必死で抑える。
その希薄な刃が、いずれ自分に向くかもしれない恐ろしさを感じながら。




