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薄氷に芽ぐむ夜 後編

空に星が瞬き始めた頃、私達は家についた。

「大丈夫なの?」

レッドキャップを、縁側の上にそっと寝かせる喜伊さんの背中を見つめながら言った。

「本人の言うとおり、放っておいても問題はないのですが、処置した方が治りは早いでしょう」

レッドキャップのボロボロになった服をナイフで切り裂きながら喜伊さんは言う。


「お嬢様、あまり見ても気持ちのいいものではないので、席を外されたらいかがですか?」

その言葉に首を振る。

そんな私を見て、喜伊さんは処置を始めた。

「レッドキャップの体に残った銃弾を取り出していきます」

レッドキャップの体に空いた穴にボーニングナイフを浅く差し込む。

目を逸らしてしまいそうになるほど、痛々しい処置。

「取り出さなくとも、傷は塞がるでしょう。ただ、取り出さなければ、回復が遅くなりますので」

説明しながらも器用な手付きで、傷から金属の塊を取り出した。


「銀弾、ですね」

喜伊さんは確認するように、取り出したものを見ながら呟く。


「なにか、普通の銃弾と違うの?」

取り出された、血に濡れた金属片。

月明かりに照らされ、鈍く光っている。

「そう、ですね。普通の銃弾に比べれば殺傷能力は落ちますが───」

言葉を選ぶように、そこで言葉を区切った。

「貫通する力も落ちる。つまりは体に留まる確率が高くなります」

話しながらも、同じように他のところからも銀弾を取り出していく。

「表面上は治っても、体の中で銀は毒のようにレッドキャップを蝕み続ける」

その痛みがわかるように、喜伊さんの横顔は少し悲痛に見えた。

「レッドキャップにとって、相当な苦痛でしょう」

取り出し終わった箇所にガーゼと包帯を巻いていく。

全ての処置を終え、レッドキャップを縁側から室内へと移す。

座布団を並べた所へレッドキャップを横たえた。

荒い息は落ち着き、穏やかな寝息を立てている。


「もう、私たちも寝ましょう」

喜伊さんの言葉に頷いて、私達は寝床へと向かった。

寝室へと向かう途中、リビングを振り返る。

あの飄々とし、戦場を遊ぶように駆け回るレッドキャップが、包帯だらけで寝ている。

その光景に言いようのない不安と、もう後戻りできないところまで、進んでしまったと私に突き付けられた気がした。




夜中、居間の辺りの物音で目を覚ます。

隣で眠るお嬢様を起こさないように、そっと布団から抜け出した。

居間へと続く扉を、音を殺しながら開ける。

レッドキャップが横たわっていたはずの場所は、もぬけの殻だ。

ふわりと風を感じ、窓の方へと目を向ける。

そこには、閉めたはずの掃き出し窓が開かれ、縁側に腰掛けるレッドキャップの姿が見えた。

足をプラプラとさせながら、じっと月を見上げている。

「もう、起き上がれるので?」

その背中に声をかけると、レッドキャップは空を見上げたまま、不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「あんな奴ら、夜になればどうってことなかったのに、余計なことをしやがって。手当てまでして、恩を売ったつもりかよ」

縁側に腰掛けるレッドキャップの隣に、少し間を空けて座る。


「そんなつもりはないですよ」

レッドキャップが訝しげに私を見る。


「お嬢様がそう望んだからです」

その言葉にレッドキャップは鼻を鳴らす。

「チッ、アタシに情けをかけたのか」

その言葉にゆるゆると首を振った。

「お嬢様は、そんなつもりはないと思います。ただ、目の前で見知った人間が傷つき倒れている。それを放って置けないだけです」

呆れたようにレッドキャップは大げさに肩をすくめる。

「はぁー、さすがはおじょうさま。良く教育されてるね。正体不明のアタシにまで慈悲を頂けるなんて。ありがたくて涙が出そうだ」

小馬鹿にしたような言い方に、思わずレッドキャップを睨みつける。


「まぁ、そう言うところがおもしれぇけどな」

私の睨みなど意に介さず、大きく口を歪めて笑う。


レッドキャップの笑い声を聞きながら、頭の中で思い描いていたことを言おうと口を開く。

だが、それを声に出すことを躊躇してしまう。

果たして、これはお嬢様にとって最善なのだろうかと。

「……レッドキャップ、共に戦いませんか」

絞り出したかのような言葉。

その言葉に、レッドキャップは驚いたように目を丸くする。

「なんだよ、おじょうさまがそう言ってんのか?」

レッドキャップの言葉に首を振る。

「お嬢様には、なにもお伝えしていません」

本来であれば、背中を預けるには危険すぎる存在だ。

だが、そんな甘いことを言っていられない状況になってしまった。

「組織は粛清の部隊を用意してきました。恐らくあれは本部から手配された者でしょう。いくら私たちでも、あれに一人で相手するのは厳しいと思います」

私の言葉に意地悪げにレッドキャップは口を歪ませる。


「嫌だね。よりによってアバズレとは組めねぇな」

予想通りの言葉に、一つ息を吐いた。


「契約をしましょう。全てが終わったら、あなたと戦うと」

その言葉に弾かれるように私を見る。


「お互いどのような状態であれ、命をかけて全力で決着をつけると」

興奮したように私に詰め寄る。

「本当か?」

ギラギラと獰猛な獣のように、レッドキャップは目を輝かせる。

「えぇ」

頷く私に、レッドキャップはブルリと身震いをした。

「お前と決着がつけられる……なんて魅力的な提案だ───」

考えるような素振りを見せるが、レッドキャップの答えは決まっているだろう。


「その契約に付け加えろ。アタシの邪魔をしない、アタシは好きなように動くとな」

もとより、仲良く戦うわけではない。

お互いの背中が安全であればいいだけの、薄氷の同盟。

私はレッドキャップの言葉に一も二もなく頷いた。


私は小さな悪魔と契約し、その手を握る。

御せる御せないではない、灯お嬢様を守るために打てる手は全て打ちたいからだ。

それでも。

私の中に言いようのない不安が、静かに深く根を張っていくのが感じられた。

その根がなにを芽吹かせるのか、分からない。

だけどそれがいずれ、名も知らない芽を出すような予感がしていた。


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