薄氷に芽ぐむ夜 中編
元の場所に戻るにつれ、銃撃の音が大きくなっていく。
それに混じって聞こえる、レッドキャップの声。
ほんの少し小高い所に喜伊さんと来た。
僅かだが、木々の隙間からレッドキャップと男達が見える。
レッドキャップは先ほどより傷だらけで、肩で息をしながら木の影に隠れている。
片手は手斧が握れないのか、落とさないように布で手に巻きつけられている。
十人ほどいた男達も見えるだけでは四、五人ほどに減っている。
「では、お嬢様、行ってまいります。ここから絶対に動かないでください」
私に背を向け、歩き出そうとする喜伊さんの腕を取る。
「待って……」
喜伊さんは驚いたように首だけ振り向いて私を見る。
なにか言いたくて、呼び止めたけど言葉がまとまらない。
応援の言葉?
違う気がする。
私が言うべき言葉は───。
喜伊さんの背中に手を当てた。
「お願い、喜伊さん」
言葉を紡ぐ唇が震える。
だけど、喜伊さんに触れる手は、震えないように気を付けながら。
「私のために、あの人たちを倒して」
その言葉に、喜伊さんの体がブルリと震えたように感じた。
触れた掌が、仄かに熱を帯びたように感じる。
なにかを噛み締めるように、喜伊さんは天を仰ぐ。
「かしこまりました」
そう短く言って、解き放たれたように、藪の中へと突き進んでいった。
胸に手を当て、祈るように成り行きを見守る。
男達はレッドキャップがいる辺りへ銃を撃っていく。
木の幹に銃弾が当たり、弾ける音。
遅れて漂ってくる、金属と焦げの混じったような臭い。
レッドキャップは身を屈めながらも、飛び出すタイミングを計っているようだった。
その時、一番後ろにいた男の後ろに、一瞬だけ影が見えた。
その影が男と重なった途端、男は糸の切れた人形のように倒れた。
その近くにいた男が振り返る。
警戒しながら、倒れた男に近づく。
辺りを警戒しながら、倒れた男に触れようと屈んだところに、また影が現れる。
喜伊さんだ。
男が気付くより早く、喜伊さんの握ったナイフが、男の喉の辺りを撫でるように振るわれた。
男は喉を押さえながら、地面へと倒れた。
「アタシの獲物を横取りするんじゃねぇ!」
異変に気付いたレッドキャップが、叫びながら満身創痍とは思えない動きで残った男二人に向かって走り出した。
飛び出したレッドキャップに銃を向けた二人の後ろに、喜伊さんは現れ、同じように一人の首を裂いた。
残された男は喜伊さんに銃口を向けるが、レッドキャップに飛び掛かられ、銃を撃つことなく地面へと倒れた。
喜伊さんは辺りを警戒するように見渡す。
近くにいたレッドキャップとなにかを話した後、レッドキャップはひらひらと手を振り手近な木の幹に背を預け座り込んだ。
遠くからでも分かるほど、肩で大きく息をしている。
喜伊さんは周囲を見回しながら藪の中へと入っていく。
まだ敵が周囲に潜んでいないのかを確認に行ったのだろうか。
喜伊さんが藪の中へと消えてしばらく経って───。
「お嬢様」
突如背後から、喜伊さんの声が聞こえて体が跳ねるほど驚く。
「き、喜伊さん」
振り向くと、何事もなかったように涼しい顔で立つ喜伊さん。
「周辺も警戒しましたが、あれで終わりのようです」
少し硬い表情で淡々と報告をする。
「私はレッドキャップの下へ向かいますが、お嬢様も向かわれますか? お辛いようであれば家までお送りしますが」
その言葉に私は首を振り「行く」と答えた。
藪をかき分けながらレッドキャップの下へと向かう。
むせかえるほど、強い血の匂いが辺りを漂う。
その中心にレッドキャップはいた。
いつもの余裕のある姿とは違い、荒い息をしながら私達を睨むように見る。
「余計なことをしやがって……」
木を背に地面に座り、レッドキャップは憎まれ口を叩く。
身体中から血を流し、地面に血溜まりを作っている。
「だ、大丈夫なの?」
私の言葉に、レッドキャップは鼻で笑う。
「こんなの、寝て起きたらすぐ治る」
私の目から見ても瀕死のレッドキャップはこともなげに言う。
「それでも、放っておけないよ」
私の言葉を振り払うように、レッドキャップは顔を背ける。
「うるせぇ。ほっとけ……」
そう言いながら、ずるずると地面へと倒れていく。
「いいから、寝かせておいてくれ……」
そのまま瞼を閉じた。
レッドキャップの荒い息だけが辺りに響く。
「喜伊さん……」
思わず喜伊さんを見るが、喜伊さんは焦った様子もなく、レッドキャップのそばに近寄る。
「恩を仇で返すかもしれない。そんな存在ですが、よろしいのですか?」
喜伊さんの言葉に躊躇することなく頷く。
「目の前で知り合いが傷ついている。それだけで十分だよ」
私の言葉に喜伊さんは困ったように微笑みながら頷き、レッドキャップを抱きかかえた。
「かしこまりました。では、レッドキャップの悪態は二人で聞きましょう」
喜伊さんの言葉に頷きながら、家への道を歩き出した。




