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薄氷に芽ぐむ夜 前編

縁側から遠くの空を眺める。

仄かに赤く染まっていく空。

何事もなく一日が終わろうとしている。

ただ喜伊さんが用意してくれた食事をとり、なにもせず無為な時間を過ごしている。

胸の奥に残ったしこりのような重いもの。

それが消化できずに、ずっとある。

その消化を待つように、何をするでもなく庭を眺めていた。

そんな私の横に喜伊さんが来た。

その横顔は険しく、森の奥、そのはるか先を見つめていた。

私も同じ方向を見るが、異変は感じ取れない。

ただ、喜伊さんの雰囲気が、ただ事ではないと私に告げていた。


「なにか、起こったようですね」

遠くを見つめながら呟くように言って、その現場に向かおうと喜伊さんは靴を履いた。

「私も行く」

歩き出そうとする喜伊さんを追いかける。

「……かしこまりました。私から離れないようにしてください」

少し考えるようなそぶりをして、振り返ることなく喜伊さんは言った。

そんないつもと違う喜伊さんに、不安を覚えながら喜伊さんの背中を追いかけた。



現場近くに到達すると、レッドキャップの前に対峙する武装した十人ほどの男たち。

顔はフルフェイスのヘルメットに隠れ、体はボディアーマーを着用し、特殊部隊のような出立ち。

肩から自動小銃を下げている。

訓練されたような揃った動きが、前回対峙した組織の人間とは違うように感じる。


「なんだテメェら、見ねぇ顔だな」

警戒心を露わに、けれどどこか楽しそうに笑うレッドキャップ。

指は既に、腰に下げた得物にかかっている。


突如、響き渡る銃声。

弾けるように後ろに飛ぶレッドキャップ。

血飛沫と特徴的な赤いキャップが宙を舞う。

問答もなく、対峙した者の一人がレッドキャップの頭を撃ち抜いた。

地面に仰向けに倒れ、ピクリとも動かないレッドキャップ。

思わず駆け寄ろうとする私の腕を喜伊さんが掴む。


「せっかちだな、もっと楽しもうぜ」

ヒヒっと仰向けのまま笑うレッドキャップ。


「だが、銀弾とは、分かってるじゃねぇか」

むくりと、何事もなく起き上がった。

赤いキャップに収められた長い髪がバサリと、レッドキャップの顔を覆う。

血に濡れた髪は、まるで赤い帽子をかぶっているように見える。

髪の隙間から見える目は爛々と輝き、口は楽しそうに大きく歪められている。


「おもしれぇ、もっとアタシを楽しませろ!」

狂ったように笑いながら、腰の獲物を抜き、相対する者たちへ躍り掛かった。




「お嬢様こちらへ」

喜伊さんは私の手を掴み、その場を離れようとする。


「ど、どこへ行くの喜伊さん」

半ば引きずられるような形で、なんとか着いていく。


「あれは、危険です。組織の者ですが、私たちを粛清するために用意された者たちです」

喜伊さんの横顔は硬い。


「レッドキャップ一人では少々荷が重いやもしれません。私も援護しに向かいますのでお嬢様は───」

話の途中で、私は足を止める。

つんのめるように、急停止する喜伊さん。


「私は、なに? 安全なところへいろって言うの?」

喜伊さんは少し考えるように口を閉じ「そうです」と言った。


「私は、なんのためにここに来たの? 逃げるためでも、隠れるためでもない。見届けるために来たの」

私の言葉に、喜伊さんは狼狽するように顔を歪める。

「ですが、お嬢様。あまりに危険で───」

喜伊さんの言葉に首を振る。

「そんなの知ってる。だけど、私は安全な所で結果を待つのは嫌なの」

私は喜伊さんの望まない答えを言い、怒らせようとしている。

「もし、喜伊さんが私を置いていくなら、私は必ず追いかけるから」

その言葉に、喜伊さんの顔が強張る。

怖い。

目を逸らしてしまいそうになるのを必死でこらえる。

だけど、ここで置いて行かれたら。

私が私でいられなくなる気がした。


喜伊さんの唇が何かを言おうと開かれるが、わなわなと震え、言葉が出てこない。


「喜伊さんの知らない動きをする私と、ある程度目の届くところにいる私。喜伊さんはどっちがいいの?」

だけど、私は言葉を止めるわけにはいかない。

「お嬢様」

冷たく、硬い声が喜伊さんの震える口から紡がれる。


「私はあなたを、安全なところへ縛り付けて置くこともできるんですよ」

その言葉を言った後、喜伊さんの瞳がわずかに揺れた気がした。

喜伊さんの言葉に背筋が冷える。

思わず喉が鳴った。

恐怖のあまり視線をそらしてしまいそうになるのを堪え、拳を固く握りしめる。


「それでも、私は喜伊さんに付いて行きたい。見届けたい」

その言葉に、喜伊さんは驚いたように私を見る。


「私は、もう逃げたくないの」

顔をそらさないように、体の震えを抑えながら。

奥歯が鳴りそうになるのを、必死に噛み締めた。

喜伊さんはなにも言わない。

ただ、呆然と私を見つめている。

私も、そんな喜伊さんを見つめ続ける。

風が葉を揺らす音も、獣が木々を揺らす音も聞こえない程、静寂な二人だけの空間に思えた。

ほんの数分にも満たない時間、だけど、私にはもっと長い時間をそうしていたかのように感じる。

喜伊さんは目を瞑り深く一度、深呼吸をするように息をした。

開いた目は、先ほどの冷たい目ではなく、何かを決意したような火が灯っているように感じる。


「かしこまりました、お嬢様。であれば、必ず私の指示に従ってください」

私は頷き、先に歩き出した喜伊さんの背中を追った。




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