表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/72

名もなき芽

気付けば朝になっていた。

見慣れた天井。

カーテンの隙間から差し込む陽光。

窓の外から聞こえてくる雀の鳴き声。

それが朝だと知らせてくれる。

だけど、今の私にはどこかそれが異質に感じる。


隣にはきれいに畳まれた布団。

喜伊さんは既に起きて、朝食を作ってくれているのだろう。


体を起こすと、微かに節々が痛む。

自らの体を抱きしめて寝たせいだろう。

抱きしめた手の辺りも微かにひりつく。

だけど、不思議と昨夜の陰鬱な気持ちは薄れていた。

その感覚がなぜだか胸をざわめかせる。



喜伊さんが用意してくれた朝食を食べる。

いつも通りのはずなのに、やけに箸が重く感じ、食材をうまく掴めない。

牛乳を飲もうとコップを手に取ると、コップの中の牛乳が微かに波打つ。

喜伊さんも目の前に座り同じように食事をとっている。

言葉は少ない。

だけど、時折私を見る目は鋭くも、どこか柔らかい気がする。



何事もない一日が終わろうとしている。

いつもと同じように、喜伊さんの隣の布団で寝る。

目をつむる。

聞こえてくるのは、私の呼吸音、時計が針を進める音、風が窓を微かにたたく音。

もう、男たちの声は聞こえない。

男たちの顔も出てこない。

それに安心してしまう自分に違和感を感じる。

代わりに思い浮かぶのは、喜伊さんに命じた場面。



───倒して、喜伊さん


想像の中の私は震えることなく、ただ淡々と命令を下す。

どこか誇らし気に見えるその姿は、まるで映画の一場面のように。

私に似ているけど、私ではない皮を被った”なにか”に言いようのない違和感を感じ、背筋が震える。

その場面が壊れたテレビのように、同じ場面だけを映し続ける。

まるで私が本当にそう命じているような錯覚を覚える。


───私は慣れていくのだろうか。


緩やかな睡魔に身を委ねながら、自問する。

恐怖と違う胸の疼きを感じながら。




レッドキャップが拠点に現れて数日が経った。

灯お嬢様は変わらず、日々を過ごされている───表面上は。

以前のような、震えるだけの幼い印象は消えた。

震え、眠れぬ夜を過ごすことも、なくなった。

お嬢様は、時折何かを考えるように、じっと自らの手のひらを見つめることがある。

その横顔が儚く、今にも消えてしまいそうで。

だけど、その眼差しだけは、なにかを決意したかのように仄かに燃えている。


震えは消えている。

だけどそれは、成長だけとは言えない、形容しがたい危ういもの。

それが細く、だけど長くお嬢様の中に根を張っていくのを感じる。


思わず奥歯を噛み締める。

強くなろうと願ったのはお嬢様。

それを支えるのが私の役目だ。

だけど、本当にお嬢様が望んだことなのだろうか?

願わされただけなのではないのだろうか?

お嬢様を見つめる。

願わくば、その瞳が澄んだままでいられるように。

一抹の不安を胸に抱きながら、私は静かに祈る。




事務スタッフのトップは、いつも以上にキレイに整頓された部屋を見回す。

そして、名残惜しそうに机を撫でた。

机の上にはきれいに並べられた書類が三部。

House Keeper、RED CAP、そして白瀬 灯。

白瀬 灯の名前の下に赤字で書かれたRevengerという文字をなぞる。


「動き始めた歯車は、もう誰も止められない。あとは神のみぞ知る……」

天を仰ぎ、呟くように言った言葉を受け止める者はいない。

事務スタッフのトップは目をつむる。

賽を投げる神が、悪神でないことを祈るように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ